第27話「七月七日、風宮が一人前の設計士になること」
七月一日、月曜日の朝、エントランスホールに大きな笹が立っていた。
そういえば、もうすぐ七夕。
総務が毎年やっているイベントらしくて、下のほうに大きな張り紙がついていた。
「部署対抗、短冊お願いごと大賞! 一番素敵な願いごとを書いた方の部署に、社食の超特別デザートをプレゼント!」
玲さんが私を見て、にっこり笑った。
「しおりちゃん、設計一課で絶対取りに行こうね、超特別っ!」
「は、はい」
「係長にも書かせよね、絶対」
帰りの車でのことが頭をよぎった。
――お前が俺を見すぎなんだよ
あの日、改札を通る前に振り返ったら、係長はまだそこに立っていた。
………。
玲さんはもうすっかりけろっとしていた。
いつもの玲さん。
私のほうが、玲さんを見るのが少し苦しくなってた。
◆
午前中のうちに、玲さんが係長のデスクに向かった。
私はその後ろについていった。
「係長、短冊、書いてください」
「必要ない」
「設計一課の評価がかかってるんですよ。 というか、社食の超特別デザートがかかってるんですっ」
「……」
「係長の字、きれいじゃないですか。 書いてもらったらそれだけで絶対票が入ります」
「余計なことを言うな」
玲さんは諦めない。
私も横から筆ペンを差し出した。
「係長、どうぞ」
係長は少し黙っていたけど、しぶしぶ受け取った。
「短冊はそこに置いておけ」
「わかりました」
デスクの端に短冊を置いて、私たちはその場を離れた。
廊下に出てから玲さんが小声で「ナイスアシスト」と言ってくれた。
◆
昼休み。
笹に人が集まっていた。
自分の短冊を探して笑っている人たち、誰かのを読み上げて盛り上がっている人たち。
玲さんが「しおりちゃんのどこにあるかなー」って笹をのぞいている。
私もなんとなく短冊を見ていた。
………。
係長のは……
……気がつけば、係長の短冊を探していた。
そういえば私、係長の字を見たことがない。
係長の図面はいつも印刷だし、メモをもらったこともない。
普段の係長の字がどんなのかわからない。
笹を端から順番に見ていったけど見つからない。
かわりに一枚、やけに字のきれいな短冊があった。
………っ
「風宮が一人前の設計士になること」
私?
私のことを、短冊に書いた人がいる。
誰?
「これ——」
玲さんも同じ短冊を見ていた。
でもいつもみたいに笑ってなかった。
この顔って……
耳を赤くしてる、係長を見るときの顔。
係長と、カフェの話をしているときの顔。
玲さんが好きな人の話をしているときの顔だ。
だから……
「これ、誰が書いたんですか?」って、聞けなかった。
◆◆◆
七月五日、金曜日の午後、お願いごと大賞の発表があった。
大勢の社員が集まった会議室のスクリーンに、短冊の内容が次々と映し出されていく。
「宝くじ一等当たりますように」——笑いが起きた。
「推しのライブ全通しますように」——別の笑い。
「早く結婚できますように(切実)」——拍手。
次にピンクの短冊が映った。
玲さんが私の腕をつかんで「やだ恥ずかしい」と言った。
内容を読んで、私は笑った。
今度は私の短冊が映った。
玲さんが「しおりちゃんらしいねっ」と言って、笑った。
恥ずかしくて私も笑った。
次の瞬間――
――会議室が静かになった。
「風宮が一人前の設計士になること」
その短冊がスクリーンに映った瞬間、会場が静まった。
「なんか、かっこいい……」
「きれいな字」
「風宮って誰?」
「こんな風に思ってもらえる人って、すごく幸せだよね」
後ろの方から声が聞こえてきた。
顔が熱くなった。
横で玲さんがスクリーンを見ていた。
目が少し潤んでいた。
………。
スクリーンに総務部の男性が映った。
「発表します! 今年の、短冊願いごと大賞は……」
大賞は、「年度末までに社長になれておりますように」という変な短冊で、これが映ったときの会場が一番盛り上がった。
超特別デザートは、取れなかった。
あとで玲さんが「係長のは票が入ってたのに!」と言って笑った。
今度は笑ってた。
……係長の短冊、玲さんはわかってたんだ。
◆
定時後、社内が静かになってから私はもう一度、笹に近づいた。
………。
……あった。
「風宮が一人前の設計士になること」
カーディガンのポケットからスマホを出した。
ずっと持っていたい、そう思ったから。
誰が書いたかわからない。
それでも撮った。
画面の中に、私の名前の入った短冊がある。
……係長のでありますように。
◆◆◆
週明け。
ふいに、課長室のドアが開いた。
「馬平係長、少しいいかな」
課長の声がした。
なんだか焦ったような、急な呼び出しだった。
係長が課長室に入った。
めずらしく、ノートが開いたままになっている。
私がちょうど係長の後ろを通りかかったときだったから、
………、
ノートが見えた。
数字が並んでる。
その端に、一行だけ文字があった。
……きれいな字
私は昨日撮った写真を思い出した。
似てる気がした。
似ていない気もした。
ポケットの中で、スマホの角に指が触れた。
あの写真が、とても大切なものになった気がする。
◆第28話「本当の理由」、明日20時に更新します!




