表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
27/30

第27話「七月七日、風宮が一人前の設計士になること」

七月一日、月曜日の朝、エントランスホールに大きな笹が立っていた。


そういえば、もうすぐ七夕。


総務が毎年やっているイベントらしくて、下のほうに大きな張り紙がついていた。


 「部署対抗、短冊お願いごと大賞! 一番素敵な願いごとを書いた方の部署に、社食の超特別デザートをプレゼント!」


玲さんが私を見て、にっこり笑った。


 「しおりちゃん、設計一課で絶対取りに行こうね、超特別っ!」


 「は、はい」


 「係長にも書かせよね、絶対」


帰りの車でのことが頭をよぎった。



 ――お前が俺を見すぎなんだよ



あの日、改札を通る前に振り返ったら、係長はまだそこに立っていた。


 ………。


玲さんはもうすっかりけろっとしていた。

いつもの玲さん。

私のほうが、玲さんを見るのが少し苦しくなってた。



午前中のうちに、玲さんが係長のデスクに向かった。

私はその後ろについていった。


 「係長、短冊、書いてください」


 「必要ない」


 「設計一課の評価がかかってるんですよ。 というか、社食の超特別デザートがかかってるんですっ」


 「……」


 「係長の字、きれいじゃないですか。 書いてもらったらそれだけで絶対票が入ります」


 「余計なことを言うな」


玲さんは諦めない。


私も横から筆ペンを差し出した。


 「係長、どうぞ」


係長は少し黙っていたけど、しぶしぶ受け取った。


 「短冊はそこに置いておけ」


 「わかりました」


デスクの端に短冊を置いて、私たちはその場を離れた。

廊下に出てから玲さんが小声で「ナイスアシスト」と言ってくれた。



昼休み。


笹に人が集まっていた。

自分の短冊を探して笑っている人たち、誰かのを読み上げて盛り上がっている人たち。


玲さんが「しおりちゃんのどこにあるかなー」って笹をのぞいている。

私もなんとなく短冊を見ていた。


 ………。


 係長のは……


……気がつけば、係長の短冊を探していた。


そういえば私、係長の字を見たことがない。

係長の図面はいつも印刷だし、メモをもらったこともない。


普段の係長の字がどんなのかわからない。

笹を端から順番に見ていったけど見つからない。


かわりに一枚、やけに字のきれいな短冊があった。


 ………っ


 「風宮が一人前の設計士になること」


 私?


私のことを、短冊に書いた人がいる。


 誰?


 「これ——」


玲さんも同じ短冊を見ていた。

でもいつもみたいに笑ってなかった。


この顔って……


耳を赤くしてる、係長を見るときの顔。

係長と、カフェの話をしているときの顔。

玲さんが好きな人の話をしているときの顔だ。


だから……


「これ、誰が書いたんですか?」って、聞けなかった。



◆◆◆



七月五日、金曜日の午後、お願いごと大賞の発表があった。


大勢の社員が集まった会議室のスクリーンに、短冊の内容が次々と映し出されていく。


 「宝くじ一等当たりますように」——笑いが起きた。


 「推しのライブ全通しますように」——別の笑い。


 「早く結婚できますように(切実)」——拍手。


次にピンクの短冊が映った。

玲さんが私の腕をつかんで「やだ恥ずかしい」と言った。

内容を読んで、私は笑った。


今度は私の短冊が映った。

玲さんが「しおりちゃんらしいねっ」と言って、笑った。

恥ずかしくて私も笑った。


次の瞬間――


――会議室が静かになった。



 「風宮が一人前の設計士になること」



その短冊がスクリーンに映った瞬間、会場が静まった。


 「なんか、かっこいい……」


 「きれいな字」


 「風宮って誰?」


 「こんな風に思ってもらえる人って、すごく幸せだよね」


後ろの方から声が聞こえてきた。


顔が熱くなった。


横で玲さんがスクリーンを見ていた。

目が少し潤んでいた。


………。


スクリーンに総務部の男性が映った。


 「発表します! 今年の、短冊願いごと大賞は……」


大賞は、「年度末までに社長になれておりますように」という変な短冊で、これが映ったときの会場が一番盛り上がった。


超特別デザートは、取れなかった。


あとで玲さんが「係長のは票が入ってたのに!」と言って笑った。

今度は笑ってた。


……係長の短冊、玲さんはわかってたんだ。



定時後、社内が静かになってから私はもう一度、笹に近づいた。


………。


……あった。



 「風宮が一人前の設計士になること」



カーディガンのポケットからスマホを出した。

ずっと持っていたい、そう思ったから。


誰が書いたかわからない。


それでも撮った。


画面の中に、私の名前の入った短冊がある。



 ……係長のでありますように。




◆◆◆



週明け。

ふいに、課長室のドアが開いた。


 「馬平係長、少しいいかな」


課長の声がした。

なんだか焦ったような、急な呼び出しだった。


係長が課長室に入った。

めずらしく、ノートが開いたままになっている。


私がちょうど係長の後ろを通りかかったときだったから、


 ………、


ノートが見えた。


数字が並んでる。

その端に、一行だけ文字があった。



 ……きれいな字



私は昨日撮った写真を思い出した。


似てる気がした。

似ていない気もした。


ポケットの中で、スマホの角に指が触れた。

あの写真が、とても大切なものになった気がする。





◆第28話「本当の理由」、明日20時に更新します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ