第24話「六月二十四日、カフェなら」
六月二十四日、梅雨どきの昼休みは外に出る気になれない。
フロアに残って、早起きして作ってきたお弁当を食べていた。
玲さんも自分の席でお弁当の蓋を開けていた。
係長はいつものとおり、コンビニのおにぎり。
三人だったフロアは静かになってた。
外では雨が降り続けてて、窓に当たる音が小さく聞こえる。
玲さんがお箸を置いた。
私にはわかった。
玲さんがさっきからタイミングを計っていたのがわかってたから。
箸の動きがいつもより遅かったし、係長の方をさっきから何度もちらちらと見ていた。
これは何か言うつもりだ。
そう思っていると、玲さんが大きく息を吸った。
「係長、今度の休みに映画、どうですか!」
明るい声。
でも私には、その奥にある緊張も、ちゃんと聞こえた。
係長がモニターから顔を上げて、玲さんを見た。
一瞬、考えるような間があって、
「映画は、一人で観るのが好きだ」
………。
フロアがまた、静かになった。
玲さんが、固まった。
私も固まった。
係長は何も気づいていない。
素知らぬ顔で視線をモニターに戻す。
マウスのカチっという音が聞こえた。
玲さんがすぐに、「そうですよね、係長って一人の時間大事にしそう」って言って笑った。
胸の奥が、きゅっとなった。
でも同時に――
胸の奥に、もうひとつ……
……ほっとした。
映画の誘いが断られて、ほっとした。
玲さんのことを応援しているはずなのに。
私はお弁当の続きを食べようとしたけど、箸を動かせなくなってた。
………。
しばらく三人とも黙っていた。
雨の音が聞こえる。
玲さんはまたお弁当を食べ始めていた。
私は寂しそうな横顔を見て、何か声をかけようと思ったけど、何を言えばいいのかわからなかった。
……。
……どれだけ沈黙が続いただろうか。
「ああ、そういえば……」
係長が顔を上げて玲さんを見た。
「カフェなら付き合う」
よく響く声。
玲さんが、また固まった。
今度はさっきと全然違う固まりかた。
玲さんにはたぶん、「付き合う」っていう言葉が別の意味を持って聞こえたはず。
係長はまたもうモニターを見ている。
何も気づかずにおにぎりをひと口食べた。
「……、行きますっ!」
弾けるような声だった。
係長が「ん」とだけ返した。
玲さんが私を見た。
「どうしよう」という顔をして、耳まで赤くなっている。
「よかったですね」
笑顔で言った。
玲さんが「うん……!」と言って、またお弁当を食べ始めた。
自分の言った「よかった」が、玲さんのためなのか自分への皮肉なのか、よくわからなかった。
◆
昼休みが終わって、仕事に戻る。
係長は図面を見ている。
玲さんはパソコンを開いている。
何も変わっていないように見える。
でも、玲さんの頬がまだ赤い。
私はノートパソコンを開いて仕事を始めた。
……。
映画の誘いが断られたときは、ほっとした。
次にカフェに誘われたとき、また違った感じが胸にきた。
係長の横顔をちらりと見ると、
相変わらず、モニターを見てた。
いつもと何も変わらない顔で、マウスを操作している。
このひとは、本当に……
窓の外ではまだ雨が降り続けていた。
◆◆◆
次の日も、雨だった。
昼休みになって、また三人がフロアに残っていた。
今日は玲さんが、係長の隣の椅子を引いた。
お弁当を持って、そこに座った。
私はその様子を自分の席から見てしまってた。
玲さんがスマホを取り出して係長に向ける。
「係長、昨日いろいろ調べてみたんですけど……。 どんなカフェが好きですか?」
係長が玲さんのスマホの画面を見た。
しばらく眺めたあと、ポケットから自分のを取り出した。
「ここに行く」
画面を玲さんに向けた。
玲さんが身を乗り出して、係長のスマホを覗き込んだ。
係長の肩と玲さんの頬が、ほとんどくっつくくらいの距離になった。
「わあ……すごく素敵。 山の中ですか?」
「一応、東京だ」
「電車で行けるんですか?」
「車でしか行けない」
玲さんが、止まった。
一瞬、何かを期待するような目で係長を見て、
それからまたすぐにスマホを見た。
私はおかずを摘まもうとして、お箸を持った指先に、力が入ってた。
気になって、係長のことをずっと見ていた。
顔が、熱い。
係長はスマホをしまって、おにぎりをひとくち、かじった。
そして、ふと顔を上げて――
――私を見た
……目が合った。
慌てて目を逸らしたけど遅かった。
「風宮も来るか」
……っ
息が止まった。
玲さんも、止まった。
雨の音が聞こえる。
心臓が、どくん、と鳴った。
行きたい。
でも……
いいのかな。本当に。
私も
係長と
玲さんと
……三人で。
係長はもうおにぎりをかじっている。
自分の言った言葉なんて、もうとっくに終わってしまったことみたいに。
私は、呼吸の仕方を忘れていた。
◆第25話「それでいい」は、明日、7月12日(日)の11時に更新します!




