表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
15/31

第15話「五月七日、外側だけ」

五月七日、火曜日。

ゴールデンウィーク明けの午後。


設計一課に見慣れない人が入ってきた。


背が高くて、スーツの生地がきれい。

顔も整っている。


フロアの空気が、かすかに動いた。


入社式の日、係長が壇上に立ったときに感じた、あの感覚に似ていた。

でも、何かが違った。

何が違うのかは、うまく言葉にできないけど。


 「椎名恭介しいな・きょうすけといいます。 本日付けで設計三課に入りました。 前職は大手の設計事務所におりました。どうぞよろしくお願いします」


はきはきした声だった。

愛想がよさそう。

笑顔が自然で、挨拶の仕方も堂に入っている。


 「アドバイスがほしければ、いつでも言ってください」


そう言いながら、ここにいる人間をどこか値踏みしているように、椎名さんの目が動いた。

でもそれは一瞬のことで、すぐに柔らかい笑顔に戻った。

私の気のせいだったのかも。



馬平係長は立ち上がって、椎名さんの方を向いた。

「よろしく」と短く言って、椎名さんと視線を合わせると、椎名さんが笑顔でうなずくのを確認して、すぐに席に戻った。


係長は誰に対しても同じだ。

イケメンだからとか、経歴がすごいからとか、そういうことには一切関心を持たない。


玲さんが、私の隣でぼそっと言った。


 「……かっこいいね」


私は「そうですね」と答えておいた。


玲さんは微笑んだまま、椎名さんじゃなくて係長を見ていた。


………。


挨拶を終えてエレベーターに戻るとき、椎名さんが一瞬、何かを確認するように、係長の顔を見た。


係長はもう視線を図面に戻している。


椎名さんの笑顔が一瞬、わずかに固まったように見えた。



一階に資料を取りに行くために、エレベーターへ乗ると、次のフロアに停まったとき、椎名さんが乗り込んできた。


 「あ、設計一課の方ですよね」


人当たりのいい笑顔で、にこっと笑いながら言った。


 「はい、そうです」


 「椎名です。 今日から同じ会社でお世話になります」


 「設計一課の風宮です。 よろしくお願いします」


扉が閉まって二人きりになった途端、椎名さんが言った。


 「あの、失礼だけど、モデルさんとかやってた? 綺麗だよね」


 「いいえ」


 「さっき俺が挨拶してるときも、結構目立ってたよ?」


 「そんなことありません」


 「いやそんなことあるよ。 いや本当に、こんな綺麗な女の子にこんなところでお会いできるなんて思ってなくてさ」


椎名さんは悪い人ではないと思う。


でも……


 ……また、こういう人か。


廊下を歩けば振り返られ、電車に乗れば周りの席が埋まる。

私の顔しか見ない人。


中学生のころからずっとそう。

最初に褒められるのは、顔。

次に髪、スタイル。

私が何を考えているかを聞く前に、「綺麗だね、かわいいね」って言ってくる。

そんなことにはもう慣れてしまってるけど。


 「ありがとうございます」


こちらも愛想よく答えておいた。


エレベーターを出て、息を吐いた。

疲れた。

別に何もされていないのに、疲れた。


エントランスのガラスから空を見上げた。


 ……係長があんな目で声をかけてきたこと、一度もなかったな。


………。



席に戻って、ノートパソコンを開いた。


 ……疲れた。


さっきのエレベーターでの出来事は、なるべく考えないようにしておこう。

こういう時は仕事をしよう。


線を引いて、寸法を確認して数値を打ち込む。

でも頭の中には「綺麗だよね」が残ってた。


 ……。


そうして一時間ほど経ったころ、係長が図面を持って「風宮」と声をかけてきた。


 「この寸法、もう一度確認してくれ。 この図面とこっちの図が合っていない」


係長の指が、私の書いた図面の一点を示した。


 「あ……」


確かに数値が整合していなかった。


 「すみません、すぐに修正します」


 「急がなくていい。 明日の午前中に出してくれ」


そう言って、係長はまた自分の席に向かった。


私は自分のパソコン画面に向き直った。


係長の声を聞いたあと、さっきの疲れがきれいにどこかに消えていた。

係長はいつもこういう言い方をする。


どうした?疲れてるのか?なんて聞いてこない。



定時の午後六時を過ぎて、私は帰り支度を始めた。

鞄に荷物を入れていると、フロアの入り口でドアを開ける人影が見えた。


椎名さんが真っすぐ、こっちに歩いてきた。

フロアにいる人の視線が自然と椎名さんと私に集まった。


 「風宮さん、よかったらこれからご飯でも」


玲さんが、ちらりとこっちを見た。

係長は図面を見ている。


 「すみません、今日は予定があって」


 「そうなんだ。 じゃあまた今度、ぜひ」


椎名さんはすんなり引き下がった。

爽やかに笑って、また来た道を戻っていった。


玲さんが小声で「断ったの? すごいね」と言った。

私は苦笑いを返しておいた。


 「椎名さん、かっこよかったよね」


 「そうですね」


 「でもやっぱり私は係長だよ」


 「……そう、ですね」


よし帰ろうと立ち上がったとき、私は係長の横顔を見てしまった。


係長は私のほうを見ていなかった。

椎名さんは何度も私の顔を見てきたのに。


でも、今日一番私を見てくれてたのは、やっぱり係長だったと思う。



◆次話、第16話「五月八日、知らない顔」、明日20時更新

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ