第14話「五月六日、気づいていない」
五月六日、月曜日。
ゴールデンウィークの最後の夜。
ベッドに寝転んで天井を見ていた。
明日からまた始まる。
そう思うとドキドキした。
◆
実家にはゴールデンウイークの初日から帰っていた。
十日間。
父と母と姉と四人で毎日、他愛もなく過ごした。
昼間は両親の庭仕事を手伝って、みんなで近所のスーパーに買い物に行って、夜はテレビを見ながら夕飯を食べた。
一か月帰ってこなかっただけなのに、すごく懐かしい十日間だった。
……でもどうしてずっと、頭の隅に、あの人がいるんだろ。
◆
最初に気づいたのは、連休二日目の夕飯のときだった。
母が作ったシチューを食べながら、ふと思った。
馬平係長は、休みの日、ちゃんとご飯を食べているんだろうか。
いつもコンビニのおにぎりだ。
昼休みは毎日、最初に出会ったあの細い通路でも、いつ見てもコンビニのおにぎりだ。
連休中も、あの人は一人でコンビニのおにぎりを食べているんじゃないかな……。
「しおり、シチューのお代わりは?」
「……いただきまーす」
お鍋からシチューをよそってもらいながら、考えるのをやめた。
どうして今、私が係長のご飯を心配してるんだろ。
余計なお世話にもほどがあるよね。
係長は四十歳。
自分のご飯くらい、自分でどうにかするよ。
そうはわかってるんだけど、母のご飯を食べるたび、係長のご飯を心配してしまうようになった。
◆
四日目の夜。
布団に入って目を閉じたけど、すぐには眠れなかった。
天井を見ながら、思った。
……係長は、休みの日、ちゃんと眠れているんだろうか。
あの人はいつも早く来てる。
私が七時前に出社した日も、もう来てた。
何時に起きて、何時に寝てるんだろ。
連休中も同じリズムで起きてるのかな。
少しだけ長く眠ったりするんだろうか。
きっとあの人なら、同じリズムで起きるんだろな……。
……って、なんで私、係長の睡眠時間まで心配してるんだろ。
――よく頑張った
しゃがんで、目線を合わせてくれた。
頭をぽんとしてくれた。
………。
気づいたら朝になってた。
◆
連休の六日目、お風呂に入っているとき、湯船に浸かりながら、ぼんやりしてた。
係長も今頃、お風呂に入っているんだろうか。
どんなお風呂なんだろ。
湯船に浸かる派なのかな…。
シャワーだけで済ます派なのかな……。
なんとなく、シャワーだけで済ます気がする。
さっさと手早く、隅々まで無駄なく洗う。
いかにも係長らしい。
係長の体を……
……って!
いつの間にか、手が内ももに触れていた。
湯船の中で、急に耳まで熱くなった。
係長のことは考えない、係長のことは考えない。
係長のことは――
お風呂から上がって鏡の前に立ったら、まだ顔が赤かった。
◆
七日目に、高校からの親友の、麻衣と会った。
地元に小さなころからある駅前のカフェ。
麻衣はアイスラテを飲みながら、「社会人どう?」と聞いてきた。
入社式のこと。
設計のこと。
現場に連れて行ってもらったこと。
鉄骨が落ちてきて、守ってもらったこと。
「飯、ちゃんと食えてるか」って声をかけてくれたこと。
自分ばっかり話すつもりなんてなかったのに、気がついたらいっぱいいっぱい話してた。
……。
麻衣が、コップを置いた。
「しおり」
「うん?」
「その係長のことばかり話してるよね、さっきから」
――えっ
麻衣が少しにやにやしながらそう言った。
「……話してた?」
「うん、ずっと。 その人のことしか話してない。 そんな顔、学生のころは一度もしてなかったよ」
私はストローをくるくると回してみた。
窓の外で、春の優しい風が通り過ぎていってた。
「仕事の話をしてるだけだと思ってたの……」
「うん」
麻衣は何度も、うんうん、って嬉しそうにうなずいてくれた。
◆
五月四日、ゴールデンウィーク八日目の夜。
夕飯を食べ終わってテレビを見ているとき、姉が急に私を見た。
「しおり、なんかすごくいい顔してるよね、今」
「え?」
「なんかすごく、光ってる感じ。 ね、お母さんも思わない?」
「思う思う。 私もしおりが帰ってきた日からずっとそう思ってたわよ」
母と姉が、声を揃えた。
二人して、にこにこしながら私を見てる。
「好きな人でもできたの?」
母の言葉が飛んできたとき――
――係長の顔が一瞬浮かんだ。
……違う。
――風宮って、ほんと、設計が好きだよな
「……なんか、今の仕事が好きみたい」
「仕事が?」
「うん。ついていくのは大変だけど、図面を書いたり建物を想像したり、そういうのが、好きみたい」
母が「そっか、よかったね」と笑った。
姉は「ほんとにそれだけ? まあ、いいけど」と首を傾けながら笑った。
◆◆◆
ついに五月七日がやってきた。
ゴールデンウィーク明けの、初出社の日だ。
朝、家を出たら、全然遅刻じゃないのになぜか急いでしまってた。
フロアに着いてドアを開けた瞬間、もう私はいつも係長のいる席を見てしまってた。
――いた。
係長が、いた。
すでに机に図面を広げてた。
それがすごく嬉しかった。
私も席についてノートパソコンを開いた。
ゴールデンウィーク中に届いていたメールを確認する。
………。
しばらくして、後ろから、声がした。
「風宮」
低くて、小さいのによく響く声。
ぁ……
耳が熱くなった。
振り返ったら、係長が立っていた。
いつものスーツ姿で、十日前と同じ落ち着いた目で。
そして――
「ゆっくり休めたか?」
「……」
頭のてっぺんから足の先まで、熱くなった。
十日前、ぽんっとしてもらったときの、あの感じが戻ってきた。
………。
覚えててくれた。
連休前にかけてくれたあの言葉を、覚えててくれたんだ。
「……はい、おかげさまで」
私はおかしな返事をしてしまった。
返事をするのに必死だったから、どんな顔してたのかもわからない。
係長はうなずいて、自分の席へ戻っていった。
私の体が固まってた。
足の先が、ぎゅっとなってた。
そっとこめかみに触れてみたら、思ってたより何倍も、熱くなってた。
……やっぱりこの人は、ずるい
◆第15話「外側だけ」、明日20時に更新します!




