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第14話「五月六日、気づいていない」

五月六日、月曜日。

ゴールデンウィークの最後の夜。

ベッドに寝転んで天井を見ていた。


明日からまた始まる。

そう思うとドキドキした。



実家にはゴールデンウイークの初日から帰っていた。

十日間。


父と母と姉と四人で毎日、他愛もなく過ごした。

昼間は両親の庭仕事を手伝って、みんなで近所のスーパーに買い物に行って、夜はテレビを見ながら夕飯を食べた。


一か月帰ってこなかっただけなのに、すごく懐かしい十日間だった。

……でもどうしてずっと、頭の隅に、あの人がいるんだろ。



最初に気づいたのは、連休二日目の夕飯のときだった。

母が作ったシチューを食べながら、ふと思った。


馬平係長は、休みの日、ちゃんとご飯を食べているんだろうか。


いつもコンビニのおにぎりだ。

昼休みは毎日、最初に出会ったあの細い通路でも、いつ見てもコンビニのおにぎりだ。


連休中も、あの人は一人でコンビニのおにぎりを食べているんじゃないかな……。


 「しおり、シチューのお代わりは?」


 「……いただきまーす」


お鍋からシチューをよそってもらいながら、考えるのをやめた。


どうして今、私が係長のご飯を心配してるんだろ。

余計なお世話にもほどがあるよね。

係長は四十歳。

自分のご飯くらい、自分でどうにかするよ。


そうはわかってるんだけど、母のご飯を食べるたび、係長のご飯を心配してしまうようになった。



四日目の夜。

布団に入って目を閉じたけど、すぐには眠れなかった。


天井を見ながら、思った。


 ……係長は、休みの日、ちゃんと眠れているんだろうか。


あの人はいつも早く来てる。

私が七時前に出社した日も、もう来てた。

何時に起きて、何時に寝てるんだろ。


連休中も同じリズムで起きてるのかな。

少しだけ長く眠ったりするんだろうか。

きっとあの人なら、同じリズムで起きるんだろな……。


……って、なんで私、係長の睡眠時間まで心配してるんだろ。


 ――よく頑張った


しゃがんで、目線を合わせてくれた。

頭をぽんとしてくれた。


 ………。


気づいたら朝になってた。



連休の六日目、お風呂に入っているとき、湯船に浸かりながら、ぼんやりしてた。


係長も今頃、お風呂に入っているんだろうか。


どんなお風呂なんだろ。

湯船に浸かる派なのかな…。

シャワーだけで済ます派なのかな……。

なんとなく、シャワーだけで済ます気がする。


さっさと手早く、隅々まで無駄なく洗う。

いかにも係長らしい。


係長の体を……


 ……って!


いつの間にか、手が内ももに触れていた。

湯船の中で、急に耳まで熱くなった。


係長のことは考えない、係長のことは考えない。

係長のことは――


お風呂から上がって鏡の前に立ったら、まだ顔が赤かった。



七日目に、高校からの親友の、麻衣と会った。


地元に小さなころからある駅前のカフェ。

麻衣はアイスラテを飲みながら、「社会人どう?」と聞いてきた。


入社式のこと。

設計のこと。

現場に連れて行ってもらったこと。

鉄骨が落ちてきて、守ってもらったこと。

「飯、ちゃんと食えてるか」って声をかけてくれたこと。


自分ばっかり話すつもりなんてなかったのに、気がついたらいっぱいいっぱい話してた。


……。


麻衣が、コップを置いた。


 「しおり」


 「うん?」


 「その係長のことばかり話してるよね、さっきから」


 ――えっ


麻衣が少しにやにやしながらそう言った。


 「……話してた?」


 「うん、ずっと。 その人のことしか話してない。 そんな顔、学生のころは一度もしてなかったよ」


私はストローをくるくると回してみた。

窓の外で、春の優しい風が通り過ぎていってた。


 「仕事の話をしてるだけだと思ってたの……」


 「うん」


麻衣は何度も、うんうん、って嬉しそうにうなずいてくれた。



五月四日、ゴールデンウィーク八日目の夜。

夕飯を食べ終わってテレビを見ているとき、姉が急に私を見た。


 「しおり、なんかすごくいい顔してるよね、今」


 「え?」


 「なんかすごく、光ってる感じ。 ね、お母さんも思わない?」


 「思う思う。 私もしおりが帰ってきた日からずっとそう思ってたわよ」


母と姉が、声を揃えた。

二人して、にこにこしながら私を見てる。


 「好きな人でもできたの?」


母の言葉が飛んできたとき――


 ――係長の顔が一瞬浮かんだ。


……違う。



 ――風宮って、ほんと、設計が好きだよな



 「……なんか、今の仕事が好きみたい」


 「仕事が?」


 「うん。ついていくのは大変だけど、図面を書いたり建物を想像したり、そういうのが、好きみたい」


母が「そっか、よかったね」と笑った。

姉は「ほんとにそれだけ? まあ、いいけど」と首を傾けながら笑った。



◆◆◆



ついに五月七日がやってきた。

ゴールデンウィーク明けの、初出社の日だ。


朝、家を出たら、全然遅刻じゃないのになぜか急いでしまってた。

フロアに着いてドアを開けた瞬間、もう私はいつも係長のいる席を見てしまってた。


 ――いた。


係長が、いた。

すでに机に図面を広げてた。


それがすごく嬉しかった。


私も席についてノートパソコンを開いた。

ゴールデンウィーク中に届いていたメールを確認する。


………。


しばらくして、後ろから、声がした。



 「風宮」



低くて、小さいのによく響く声。


 ぁ……


耳が熱くなった。


振り返ったら、係長が立っていた。

いつものスーツ姿で、十日前と同じ落ち着いた目で。


そして――



 「ゆっくり休めたか?」



 「……」


頭のてっぺんから足の先まで、熱くなった。

十日前、ぽんっとしてもらったときの、あの感じが戻ってきた。


 ………。


覚えててくれた。

連休前にかけてくれたあの言葉を、覚えててくれたんだ。


 「……はい、おかげさまで」


私はおかしな返事をしてしまった。

返事をするのに必死だったから、どんな顔してたのかもわからない。


係長はうなずいて、自分の席へ戻っていった。


私の体が固まってた。

足の先が、ぎゅっとなってた。


そっとこめかみに触れてみたら、思ってたより何倍も、熱くなってた。


……やっぱりこの人は、ずるい



◆第15話「外側だけ」、明日20時に更新します!

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