嶋の矜持
7/9 本日投稿分です。
「いや、任せてもらおうと言われても」
重臣たちが難色を示す。
当然である。
当主の馬子は病に倒れたまま。
任せろと胸を張る善徳は病み上がり。
ここで善徳を失うことになれば、蘇我氏の未来はないのだ。
「なんだ?善徳よ、随分と甘やかされているではないか」
揶揄うように顔を覗き込むアスラに顔を顰める善徳だった。
刀自古もくすりと笑みを漏らす。
「心配せずとも良い。一人で向かうわけではないからな。刀自古もいれば、アスラどのもいるのだ」
「そのアスラどのですが」
司馬達等が申し訳なさそうに話を切り出す。
「われらはてっきり厩戸皇子の従者だと思っておりました。ご無礼をお許しいただきたい。さぞや名のある術師とお見受けいたします」
「ん?」
善徳は宇陀野薬猟の帰り道で厩戸から請われたことを思い出す。アスラのことは内密にしてほしいと言われていたのだった。
「おれか?おれは六道の」
「ちょ、ちょっとお待ちください」
名乗りを上げようとしたアスラだったが、善徳が慌てて止めに入った。
「いや、ははは。司馬どの、さすがに慧眼だな。確かにアスラどのは大陸では高名な術師だと厩戸どのから聞き及んでいる。いまは食客として厩戸どのの屋敷に住まわれているが、剣の腕も相当なもので、われもその教えを受けているのだ、なあ刀自古」
「はい?」
急に話を振られてきょとんとする刀自古。これは駄目だと見切った善徳は、さらに早口でまくし立てる。
「アムリタの情報もアスラどのからもたらされたのだ。アスラどのは徐福についてもよくご存じとのこと。無双とも言うべき剣の腕に加え、徐福の鬼道に対抗できるだけの術も会得されている。そのアスラどのの助力が得られるのだ」
「おい、善徳。おれは助力などと」
「と、兎に角、この機を逃せばアムリタを得ることは叶わぬ。アムリタを得ることができねば都の疫病を鎮めることもできぬ。いまこそ好機なのだ」
言い募る善徳に不審の目を向ける司馬達等だが、確かにアスラの術師としての実力には目を瞠るものがある。アスラの行使した精霊の力を増す術は、本邦きっての呪言師である司馬達等にして想像を絶するものだった。
「確かにアスラどのの術には驚かされました。剣の腕も善徳どのが師事するとなれば、相当のものなのでありましょう」
司馬達等の言葉に、善徳は我が意を得たりと頷いた。
「ですが、善徳どの」
司馬達等が言葉を続ける。
「そのアスラどのが同行していながら、善徳どのは重傷を負われた」
む、と善徳は眉を顰める。
「ましてや徐福という明らかな強敵がいる。次に怪我を負ったときに、また嶋の術が間に合うとは限らないのです」
司馬達等の言に、善徳は言い返すことができず黙り込んだ。
刀自古も神妙に聞いている。確かに危険だということを身に染みて知っているからだ。
「ですから善徳どの。ここは自重して」
「お待ちください、父さま」
それまで控えていた嶋が声を上げる。
驚いて振り向いた司馬達等に向かって、嶋が柔らかな笑みを浮かべる。
「父さまのおっしゃる通り、次に何かあったときに私が間に合うとは限りません」
突然話し始めた嶋に戸惑いながらも、うむ、と司馬達等は頷いた。
「ならば、私が善徳さまと同行すればよいのです」
「は?」
驚いた善徳が、正気なのかとばかりに嶋を凝視する。
「いや、嶋どの、さすがにそれは。どんな危険が待ち受けているかわからないのです」
それを聞いた嶋が、からからと笑い声をあげる。
「危険?ならば善徳さまが、私を守ってくださればよいのです」
む、と善徳が絶句する。
「その代わりと申しては何ですが、善徳さまが傷ついたときには、この嶋が必ずやお救いいたしましょう」
固まってしまった善徳を見て、くくく、とアスラが笑いを漏らす。
「し、嶋ちゃん、すごい」
刀自古も目を見開いて頼もしい親友の姿を見つめている。
「さあ、皆さま、善は急げと申します。時を失わぬうちに参りましょう!」
嶋が高らかに宣言した。
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