善徳の決意
7/8 本日投稿分です。
「兄さま、嶋ちゃんだよ。嶋ちゃんの治癒術のおかげだよ」
「おお、嶋どのと申されるか。何と礼を申し上げればよいのか」
深々と頭を下げる善徳に、嶋は静かに一礼した。
「あと、アスラもちょっとだけ助けてくれたよ」
ちらりとアスラに目をやった刀自古が、ついでのように付け加えた。
アスラは、ふん、とそっぽを向く。
「大したことはしておらぬ。その嶋とかいう娘がやったことよ」
善徳は嶋へと視線を向けると再び深く頭を下げる。
「嶋どの、命を救っていただいた、この恩は生涯わすれません」
「お、お顔を上げてください。わたしは、そんな」
嶋は慌てて両手を振る。
その様子を見て、善徳は笑みを浮かべた。
「嶋どのは随分と奥床しいのだな。しかし、この術、凄まじいな」
善徳は自分の胸元に手を当てる。
あれほどの傷がきれいに塞がっているのだ。
「これほどの術であれば、疫病を癒すことも可能なのでは?」
「それは無理だな」
いつの間にか部屋の柱にもたれて腕を組んでいたアスラが声を上げる。
「ただの病であればこの娘の呪言術で癒すことも可能であろう。だが、この都に蔓延する疫病は、瘟鬼がもたらしたもの。病というよりは呪いに近い。治癒の呪言術で病をいやすことはできようが、呪いを解くことはできはせぬ」
「すると、やはりアムリタが必要ですか」
うむ、と頷くアスラ。
「善徳どの、そのアムリタとはいったい何でしょうか」
初めて聞く言葉に司馬達等が反応する。
「おお、そうであった。われが傷を負ったことにも関連することゆえ、伝えておかねばなるまいな」
都で猛威を振るう疫病が、瘟鬼という怪異によるものであること。
その瘟鬼は徐福と名乗る大陸の方士が操っているということ。
疫病を治癒することを可能にするアムリタという霊薬の存在。
アムリタを探索する過程での徐福との闘い。
その闘いの中、善徳が負傷したこと。
どれ一つとっても初めて知る内容に、司馬達等をはじめとする重臣たちは驚愕を隠せない。
「しかし、なぜ徐福という方士は瘟鬼を使役して疫病を撒き散らしたのでしょうか」
うむ、と善徳は頷く。
「徐福の使う術、奴は鬼道と呼んでいたが、その源となるのは人の苦痛、悲嘆、怨念、そういう負の感情からなる陰の気だと。徐福の為す非道の目的は、この国を地獄に変え、民の絶望を喰らい、怨嗟を糧として鬼道の力を強めることにある」
「鬼道の力だと?」
「それを強めて徐福とやらは何を為そうとしているのか?」
不安な面持ちで、重臣たちがざわめく。
「それはな」
柱にもたれたアスラがゆっくりと顔を上げる。
重臣たちの目が一斉にアスラに向けられた。
「奴は鬼道の力を以ってアムリタをすべて集め、奴のかつての主人、すでに黄泉の世界の住人となった男を復活させようとしているのだ」
「すでに死した人物の復活。そのような事が可能なのですか?」
司馬達等の問いに、アスラは冷笑を浮かべる。
「アムリタであれば可能であろうな。徐福はかつて大陸に覇を唱え、始皇帝と尊称された主の復活を目論んでいる」
話を聞いた重臣たちは一様に押し黙る。
都に蔓延する疫病の背後に隠されていた事実に誰もが圧倒されていたのだ。
「いずれにせよ、都の疫病を終わらせるにはアムリタが必要ということだ」
アスラの言葉に善徳や刀自古も同意の頷きを返す。
「では、蘇我の総力を挙げてアムリタの探索をおこないましょうぞ」
重臣の一人の発言に、善徳は首を振る。
「いや、それはならぬ。いま蘇我が動けば父の病が公になりかねん。そうなれば、物部の思う壺、彼奴らを利することになろう」
「では、どうすれば良いのです?」
善徳は刀自古、アスラと視線を交わす。
刀自古は目を輝かせ、アスラは傲然と胸を張り、そして善徳は静かに微笑んだ。
「ここは、我らに任せてもらおう」
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