蘇我馬子
本日3話投稿の3話目となります。
「これは厩戸どの、本日は招きに応じていただき、まことに恐悦至極に存じます」
好々爺然とした馬子であったが、厩戸を見つめる眼光の鋭さは隠しきれるものではない。並みの子供であれば怯えて返答もままならないであろうが、厩戸は涼しげに微笑み、動じる気配も見せない。
「蘇我家の頭領たる馬子どののお招きとあれば、喜んで馳せ参じましょう」
「これは望外のお言葉、まことにありがたく存じます」
言葉を交わしながら、馬子は厩戸の貴公子然とした応対に舌を巻いていた。
これは、評価を改めねばなるまい。捨て皇子などと侮っていては足をすくわれかねぬ。
「ところで厩戸どの、実に見事な騎馬をお連れですな。どなたが献上されたものか、ご教示いただけませぬか」
貴賓に対して献上されたものの由来を問うことは、本来は失礼な行為といえるであろう。十分承知したうえで、あえて馬子は問う。
それに対して厩戸は、眉のひとつも動かすことなく笑ってみせる。
「いやいや、これはいただきものではございませぬ」
「ほう、と申しますと?」
「わが屋敷には、使っておらぬ馬小屋がございます。ある朝、不思議な気配を感じ、ふと覗いてみると仔馬が産み捨てられておりました。不憫に思い、育ててみたところ、このように見かけだけは立派に育ちました」
「それはまた、珍しきこともあるものですな。それにしても、それを拾い育てようという厩戸どののお優しい心根、この馬子、いたく感動いたしました」
「なに、馬小屋に産み捨てられたとなれば、われとは兄弟のようなもの、放ってはおけませぬゆえ」
そう言って微笑む厩戸を、なんともいえぬ表情で見つめた馬子だったが、それ以上言葉を発することなく一礼して立ち去ろうとした。
「待たれよ、馬子どの」
馬子がゆっくりと顔を上げる。
「われに後ろ盾などおりませぬよ」
珍しく驚いた顔を見せた馬子は、いま一度深く一礼し、今度こそ立ち去ったのであった。
「厩戸よ」黒駒こと天燈鬼が心話で話しかける。
「あの老人、いったい何者だ」
「われの母の叔父、つまり、われの大叔父であり、蘇我家の頭領、馬子どのだ」
「なるほど、常人ならぬ圧を感じたが、それも道理であったか。それにしても厩戸よ、お前も堂々たる受け答えであったな」
「そうか。あれで良かったか」
「うむ、良かった。特にほれ、あのくだり、われとお前が馬小屋で生まれた兄弟というあのくだり」
「おい、厩戸」雪丸こと龍燈鬼が割って入る。
「われも馬小屋で生まれたことにせよ」
「なんだ龍燈鬼、くだらぬ嫉妬かよ。お前など橋の下で拾われたが関の山じゃ」
「何を言う、天燈鬼、ぬしこそ浮かれるでないわ。調子に乗りおって」
にぎやかな兄弟たちに囲まれながら、厩戸はひとり浮かぬ顔で去って行く馬子の背を見つめていた。
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