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穴穂部皇子

本日3話更新の1話目です。

 腹立たしい。

 なんと腹立たしいことか。

 なぜあの捨て皇子があのような見事な馬や猟犬を連れておるのだ。

 穴穂部皇子は怒りのあまり充血した眼で厩戸皇子を睨みつけていた。


 世話をする従者もおらぬ捨て皇子だ。何の準備もできず、皆の前でみじめな姿をさらすに違いあるまい。それを笑ってやるために、わざわざ宇陀野までやってきたのだ。

 それが、どうだ。見たこともないような立派な騎馬と猟犬を伴に、周りの注目を一身に集めているではないか。


 特にあの馬だ。あまりの見事さに、不覚にも目を奪われてしまったわ。艶やかな漆黒の毛並みは夜空を切り取ったかのような深い光を宿し、力強く引き締まった四肢に至るまで一部の隙もない均整美に満ちている。引きこもりの捨て皇子には身分不相応というものだ。

 そうだ。

 あの神馬とでもいうべき威厳に満ちた存在の主には、我のような高貴な者こそふさわしい。我こそがあの神馬の主となるべきだ。


 そう考えると、穴穂部は居ても立ってもいられなくなった。なんとかしてあの馬を手に入れることはできないものか。誰もが納得する方法で、厩戸からあの馬を取り上げる、そんな手立てはないものか。


 それにしても、あの捨て皇子、馬と猟犬は立派だが、従者の一人も連れてはおらぬ。あれでは、鹿の角を狩ることなどできはしまいに。所詮は智慧の回らぬ愚か者であるな。

 おお、そうだ。鹿の角ひとつも狩ることのできぬあやつには、あの神馬は不相応。蘇我の名を汚す無能には、駄馬を与えておけばよい。角を狩れぬ罰として、馬と猟犬を召し上げようと馬子どのに進言しよう。

 あとは、馬子殿に頼み込んで、我がものとすればよい。なに、可愛い甥であり、未来の大王たるわれの頼み、馬子どのとて無下に断りはすまい。


穴穂部は、神馬に跨って疾走する自分の姿を想像し、笑みを浮かべるのであった。


お読みいただきありがとうございます。

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