精霊の力
7/5 本日投稿分です。
嶋の前には今にも息絶えんとしている善徳が横たわっている。全身にまかれた包帯からは血が滲み、眉間に深く刻まれた皺と額に浮かぶ汗からも深刻な状況が窺える。
だが、まだ生命が失われたわけではない。
善徳もまた自らの生命を繋ぎとめるために戦っているのだ。
魂から発する言葉。
嶋はその意味を考える。
呪言術では、正しい言葉を正しい音で唱えることで術を発動する。だからこそ、これまで一言一句たりともおろそかにしたことは無かった。
だが、それでは足りない。その言葉を魂から発せよとアスラは言うのだ。
それは、つまり。
言葉に想いを込めよということではないだろうか。
何かを伝えるだけならば、言葉があれば足りる。
治癒すると呪言に乗せれば、精霊にそれが伝わる。
でも、瀕死の患者を蘇らせるような、精霊の力を最大限に発揮してもらわなければならないようなときには、それでは足りない。
どれほど美しい詠唱でも、どれほど完璧な術式でも、術者の想いが伝わらなければ精霊は本当の意味で応えてはくれない。
術者の想いが呪言の詠唱となったとき、それは単なる言葉ではなくなる。
精霊への祈りとなる。
それこそが、魂から発する言葉なのだ。
「よし」
嶋は小さく頷くと、善徳に向かって一礼した。
再度の挑戦が、始まろうとしている。
「ねえ、アスラ、嶋ちゃん大丈夫かな」
「さて、どうであろうな。あの様子を見るに、おれの言葉は伝わったようだ。術式の構成自体は問題あるまい。問題があるとすれば精霊の方だな」
「精霊?」
刀自古は首を傾げる。
「あの娘の術式が正しくとも、それに応える精霊の力が弱ければ術は発動せぬ。果たしてこの場に集う精霊にそれだけの力があるかが成否の鍵を握っている」
「それって、どうにかならないの?」
ふむ、とアスラは顎に手を添えた。
「ならなくもない」
「じゃあ、どうにかして。アスラは兄さまの剣の師なんだから」
強引に迫る刀自古にやや引き気味になるが、確かに善徳を失うことはアスラにとっても好ましくはないのだ。
「おれの力で精霊の力を一時的に引き上げることはできる。だがな、これは諸刃の剣だ。精霊の力が上がれば、術者の娘の負担が大きくなる。あの娘がそれに耐えられなければ、術は失敗することになる」
「お言葉ですが」
割って入ったのは、横でその会話を聞いていた司馬達等だ。
「娘のことを心配してくださるのは有難い。ですが、ここで善徳どのを失うことは何としても避けねばなりません。それに」
司馬達等は術の準備をする嶋を振り返る。
「娘はこれまでどんな過酷な修行にも弱音を吐かず、心と体を鍛えて参ったのです。大抵のことには耐えられましょう。それに、とるべき手があるにも関わらず、それをとらずに失敗したとなれば、大きな悔いをのこすことになります。どうか、お力添えを願いたい」
そう言って司馬達等は深々と頭を下げた。
「ふん。親のお前がそう言うのであれば是非もない。あとで文句など言うてくれるなよ」
アスラは静かに目を閉じ、印を結ぶ。
次の瞬間、黄金色に輝く瞳を見開き、呪文を唱えた。
「プータラージャ、アヌグラハン・クル!(精霊王よ、祝福を為せ)」
唱え終わった刹那、足元から薄緑の光が幾筋も立ち昇る。
「おお!」部屋に集う重臣たちからも驚きの声が上がった。
光はやがて互いに呼応するように緩やかに渦を描き、部屋中に広がっていく。
「むう、これほどか」司馬達等の感嘆の声に嶋が振り返る。
「父さま、これは」
嶋の問いかけに司馬達等は頷きを返す。
「精霊の力があがった。嶋よ、お前の負担も増すが、なんとしても術を成功させるのだ」
嶋は力強く頷き、再び目を閉じて両手を掲げ、呪言の詠唱を始めた
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