嶋の理(嶋のことわり)
7/5 本日投稿分です。
お前の努力は間違っている。
アスラの言葉に嶋はこれまでの血の滲むような修行の日々を思い返す。
早くから周囲にその才能を認められ、末は稀代の呪言師になると言われてきた。だが、だからといってその才に溺れ、慢心するようなことは無かった。
むしろ、その期待に応えるためにと人一倍努力を積み重ねてきたのだ。
その努力が間違っているというのか。
そんな嶋の思いなど我関せずと、アスラは言葉を続ける。
「お前の術の構成を言ってみろ」
このアスラという従者、私の治癒術の構成が間違っているというのか。
そんなはずはない。
この私が練りに練って構成した術なのだ。
実際、これまでに何人もの重傷者を治療してきたという実績もある。
「私の術の構成は、診断、策定、治癒、回復。確かに今回は失敗しましたが、それは私の力が足りなかったからです。術の構成自体は間違っていない。これまでもこの術式で多くの人を救ってきたのですから」
嶋の訴えにアスラは冷笑を浮かべた。
「いや、間違っている」
「どこが間違っているというのです!」
「診断、策定、そこまでは良いだろう。だが、その次の治癒。そこでお前は間違えたのだ。だから術は失敗した」
治癒の段階?
嶋は首を傾げる。
嶋の術式の中心になる段階だ。
それが間違っていると?
「治癒の段階でお前が唱えた呪言、もう一度ここで唱えてみよ」
指示に従うのは癪に障るが、間違っているというなら聞かせてもらおう。
嶋は再び呪言を唱える。
「我が全霊をもって願い奉る。傷つきし肉を結び、砕けし骨を繋ぎ、血脈を再び巡らせ給え。精霊よ、精霊よ、我が願いを聞きとげ給え」
どうだ、とばかりにアスラを睨みつけた。
「ふん。やはりな。傷つきし肉を結び、砕けし骨を繋ぎ、血脈を再び巡らせ給え。つまりお前の術式は、傷つき機能を失った五臓六腑を修復するためのものということだ」
「そうよ。それのどこが間違っているというの?」
「木の根源属性は木。木とは精気、癒しと復元、再生の力だ。お前が目指すべきは修復ではない。復元、再生、それこそが、本来の治癒の力なのだ」
アスラは横たわる善徳に目をやった。
「お前が術で目指したのは修復、つまり破損し劣化した部位を繕って直すことだ。これまではその術式でも通用したのであろうな。だが、見よ」
善徳の顔色は蠟のように白く、今にも絶えそうな息遣いがかろうじて命を繋いでいることを示すのみ。
「いま善徳はまさに死の淵に立っている。この命を引き戻すためにはそれでは足りぬ。復元、再生。失われたものを取り戻す、修復できぬ臓器ならばそれを再生すること以外には方法はないのだ」
「そんなことが可能なのでしょうか」
「まあ、普通はできぬな」
嶋はむっとする。
ではどうすれば良いというのだ。
そんな嶋の様子にアスラはむしろ満足そうに頷いた。
「まあ、そう怒るな。普通はできぬと言ったのだ。普通はな」
「だが、娘。お前の魂の形、少々変わっている」
これもアムリタの影響だろうとアスラは考えていた。
厩戸の魂や善徳、刀自古の魄の形もその影響を受けている。嶋の魂もまた通常とは違う容量と形状を備えていることにアスラは気付いていた。
「お前であれば、多少の無理が利く。再生の治癒術を用いることも可能であろう」
「でも、どうすればその術を行使できるのですか」
「木の本質は精気、すなわち生命力だ。生命を育み、傷を癒し、失われたものを再び甦らせる力。そして、お前は呪言師。お前の紡ぐ呪言に精気を乗せよ。頭で考えるのではない。魂から発する言葉にこそ、精気が宿るのだ」
嶋は仏道の師である恵便の言葉を思い出す。
「嶋よ、まずは言葉の重さを知るのだ」
そうだ。私は呪言師、言葉を操る者。
そして、仏道の修行者、言葉の重さを知る者。
嶋は再び善徳の前に立ち、静かに目を閉じて深呼吸をする。
「必ずやり遂げて見せる」
嶋の魂が燃え始めるのを感得したアスラは、静かに笑みを浮かべていた。
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