蘇我屋敷
7/3 本日投稿分です。
厩戸たちが宇陀野へと立った庭の縁側に、アスラは静かに座っていた。
「友か」
友の命を救うと意気込んで死地へと赴いた厩戸の姿に、かつてアスラと共に天界へと乗り込んだ七人の仲間の姿が重なる。
天界の神仏どもから命がけで強奪して八分割したアムリタを手に、八方へと散った仲間たち。
「さて、どうしていることやら。奴らのことだ、簡単にくたばりはしないと思うが」
六道の覇王を自称するアスラにも友と呼べる存在はいる。だからこそ、厩戸の気持ちも理解できるのだ。
とにかく、厩戸には時を稼いでもらう必要がある。アスラの真の力を発揮する三面六臂の姿に戻るためには、いま暫くの時が必要。
それまでは、この屋敷で待つしかないと考えているアスラだった。
だが、その目論見は早々に外れることになる。
「いた!アスラ!一緒に来て!」
その場へ刀自古が飛び込んでくる。
「なんだ。騒々しい」
眉を顰めるアスラだが、お構いなしに刀自古が迫る。
「いいから!とにかく来て!」
強引にアスラの手を取り、嶋の待つ蘇我屋敷へと向かうのであった。
善徳の寝室では、重臣たちが善徳の容態を息を息を凝らして見守っていた。未だ意識の戻る兆しはなく、微かに上下する胸だけが、かろうじて生きながらえていることを示している。「司馬どの、善徳どのは大丈夫であろうな?」
幾度となく繰り返される重臣たちの問いに、司馬達等は小さく頷くことしかできなかった。傍らの嶋も、厳しい表情を崩さない。
「お待たせ!嶋ちゃん!」
そこへアスラの手を引いた刀自古が帰ってきた。
「おお、待ちかねましたぞ、刀自古どの。そちらが厩戸どのの従者ですか」
司馬達等の声に、重臣たちのざわめきが広がる。
「従者だと?」
「しかも厩戸皇子の」
「なぜそのような卑しき者がこの場に?」
ざわめく重臣たちとは対照的に、嶋は驚きのあまり言葉を失った。
「嶋よ、わかるか?」
司馬達等の声で我に返った嶋は、何度も頷きを返す。
「ええ、わかります。精霊たちが興奮していること、そしてその力が何故か増していること。お父さま、これはいったい?」
「うむ、これこそが、あの従者を呼び寄せた理由なのだ」
「おい、お前」
唐突にアスラが声を発した。見れば、司馬達等を指差している。
「どこかで見た顔だと思ったが、宇陀野にいたな。確か、大陸由来の呪言師とか」
その横柄な物言いに、ただでさえ不審に思っていた重臣たちが騒ぎ始める。
「なんと無礼な。たかが従者の分際で、司馬どのをお前呼ばわりとは。身の程を知るがよい」
「刀自古どの。いったい何者なのです、この無礼者は」
「違うの。みんな落ち着いて。アスラも怒らないで!」
「は?怒る?おれが?」
「え?怒ってないの?」
「当たり前だ。羽虫が騒いだ程度で怒る者などおるまいよ。うるさいようなら打ち殺せば良いのだからな」
なんだ、やっぱり怒ってるんじゃないかと思った刀自古だが、黙って頷いておくことにした。
「そんなことより、そこの娘」
「え?わたし?」
嶋が驚いて顔を上げる。
「そうだ。お前、なかなか面白いな。治癒の術を使うのか」
「ど、どうしてそれを?」
もしかすると刀自古ちゃんが伝えたのかと思ったが、刀自古はふるふると首を振っている。どうもそうではないらしい。
「なに、簡単なことだ。お前のまわりに木の精霊が集っておるわ。お前の根源属性が木であることからも自明のことだ」
「精霊の姿が見えるのですか?それに根源属性?」
本朝きっての呪言師といわれる父の司馬達等であっても、精霊を感知することはできるが見ることは叶わない。
それは嶋も同様だ。
それが見えるというのか。
それに、根源属性?いったい何のことだろう。
「お前、善徳に治癒の術を使ったのか」
「はい。私の力不足で術の行使はなりませんでしたが」
嶋は唇を噛む。
「ですが、今ならば。なぜか精霊の力が増している今ならば術を行使できるかもしれません」
「ほう」
アスラはわずかに口の端を上げる。
「では試してみよ」
振り返ると、父も頷いている。
「嶋ちゃん、頑張って!」
刀自古の励ましの声を背に、嶋は再び善徳の前に立った。
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