窮余の策
7/1 本日投稿分です。
「嶋、大丈夫か」
心配げに手を差し伸べる司馬達等だが、嶋は気丈に自力で立ち上がる。
「不甲斐ないところをお見せしました。ですが、まだ諦めるわけにはまいりません。もう一度、、、」
「いや、待て。待つのだ、嶋」
再び呪言を唱えようとする嶋を司馬達等が制止する。
「嶋よ、術の発動が不完全に終わった原因を何と見る?」
嶋は目を閉じ、呪言の始動から術の失敗までの道筋を思い返す。あれほど自信のあった治癒の術が途中で破綻した。その原因は何なのか。
「最初の診断までは想定通りでした。精霊の御力によって善徳さまの全身が精査され、外傷や内傷を探っていたのです」
問題は、その後だ。
策定の段階で精霊の迷走が始まったのだ。
治癒すべき部位の特定と優先順位の決定。そこで異常が発生した。
「おそらく、善徳さまの病状があまりにも深刻だったことが原因と見ます。治癒すべき部位が多岐にわたり、優先順位がつけられぬほどに全ての傷が緊急の治癒を要しているのです」
「むう。それほどにか」
思っていた以上に状況が悪いことを知り、司馬達等は眉を顰めた。
「治癒の段階でどこから癒すかを定めきれず、結果として力が分散することになりました」
「それで、精霊の光が弾け飛んだということか」
嶋は静かに頷いた。
「ならば、これ以上の術の行使に意味はないのではないか?」
「それは」
確かに達等の言う通り、同じやり方では失敗するのは自明。だが、このままでは善徳は助からないであろう。
どうすれば良いのか。
「嶋よ」
達等が問いかける。
「お前は、術の構成が誤っていたと思うか」
「いいえ」
嶋は即座に答える。
「私の治癒の術を構成する四つの過程、診断、策定、治癒、回復。それ自体に誤りはないと思うのです」
「ふむ。だとするならば、精霊の力が足りなかったということだな」
「でもお父さま、これ以上の精霊を集めることはできません。精霊の力が足りぬと言われましても」
達等は腕を組み、暫く考え込んだ。
やがて静かに口を開く。
「精霊の数が足りぬというのなら、精霊の力を強めるほかあるまいな」
「力を強める?そのような事が可能なのでしょうか?」
嶋は驚いた。父からは呪言術について様々な教えを受けてきた。だが精霊の力を強める術など聞いたことがなかったからだ。
「それはいったい、どのような術なのですか?」
「いや、術ではない。だが、我に考えがある」
そう言うと、司馬達等はおもむろに刀自古を振り返った。
その時、司馬達等の頭にあったのは、厩戸皇子の従者のことだった。
精霊に力を付与する能力。
おそらく、あの従者にはその力がある。
司馬達等は、確信に近い思いを抱いていた。
「刀自古どの。厩戸皇子にお願いがあるのですが、刀自古どのからお口添えいただけませぬか」
刀自古は善徳と共に厩戸屋敷に足しげく通っていると聞く。池辺氷田と共に善徳と面会すべく厩戸屋敷を訪ねたときにも、屋敷を案内してくれたのは刀自古であった。
「実は、厩戸皇子の従者の力をお借りしたいのです」
「従者?」
厩戸さまに従者なんていたかしら、と刀自古は首を傾げる。
「あ!もしかしてアスラのこと?」
そういえば、刀自古も初めて会ったとき、アスラを従者と勘違いしたのだった。
「善徳どのを治癒するために、そのアスラとやらの力がどうしても必要なのです。刀自古どの、どうかお力添えください」
司馬達等が深々と頭を下げる。
嶋は怪訝な表情を浮かべていたが、父の姿を見て一緒に頭を下げる。
「刀自古ちゃん、お願い。力を貸して」
「わかった。まかせて嶋ちゃん。刀自古が必ずアスラを連れてくる。だから、それまで兄さまをお願い!」
刀自古は勢いよく立ち上がる。
善徳を救うために、アスラを連れてくるためにと、刀自古は部屋を飛び出していった。
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