牛頭馬頭(ごずめず)
本日投稿分です。
渦巻く闇の奥から地響きを上げて姿を現したのは、禍々しいばかりの深紅の鎧を身に纏った武者姿の鬼。その巨躯の上に乗っているのは二本の角を有する牛の頭だ。瞳には怪しい光を宿し、口から瘴気を吐き出している。手にした巨大な矛を轟と振り、激しい咆哮で大気を震わせた。
「牛の化け物?」刀自古が驚きの声を上げる。
「いや、それだけではないぞ、あれを見よ」善徳が眉を顰める。
見れば渦の奥から現れたのは、一体だけではなかった。漆黒の甲冑に包まれたもう一体の怪異。手には冷たく輝く青龍刀を携え、油断なく周囲を睥睨するのは馬の頭だ。牛頭とは対照的に静かに佇む姿からは得体の知れない威圧感が漂っている。
「ほう、面白い。何を呼び出すかと思えば牛頭馬頭とはな」
アスラが凶悪な笑みを浮かべて前へ出ようとする。
「お待ちください」
待ったをかけたのは厩戸だ。怪訝な表情を浮かべたアスラが立ち止まる。
「あの徐福とかいう鬼道使い、どうも得体が知れませぬ。アスラどのは我らの切り札、万が一に備え、ここは我らにお任せください」
善徳や刀自古も、その通りとばかりに腕を撫す。天燈鬼や龍燈鬼も否やはない。
アスラが全能力を開放できる時間は限られている。最大戦力は可能な限り温存すべきと厩戸たちは考えたのだ。 アスラにしても、徐福とは200年ぶりの邂逅だ。現状でどれほどの力を持っているか測り難いのも確かだった。思わぬ奥の手を隠し持っている可能性もある。
牛頭馬頭は確かに強力な怪異だということをアスラも知っている。元は地獄の獄卒を務めていた鬼なのだ。だが、このところの厩戸たちの成長にも目を瞠るものがある。
「わかった。だが油断はするなよ」
応、と厩戸たちが前へ出る。
「おい、馬頭よ。旨そうな餌が出てきたわい」牛頭が嬉しそうに舌なめずりをした。嬉しくて堪らないという様子で手にした鉾の柄をしごき上げる。
「ふん、相変わらずの悪食め」一方の馬頭は、腕組みしたまま油断なく厩戸たちを観察している。厩戸たちの動き一つ一つを注視する視線には、獲物を値踏みしているような冷酷な鋭さがあった。
「厩戸どの。どうもあの牛頭が力で押す闘士、馬頭が術を駆使する策士と見えます。相性で申せば、われと刀自古が牛頭、厩戸どの、天燈鬼どの、龍燈鬼どのが馬頭に当たるのが妥当かと」
承知とばかりに頷くと、厩戸たちは馬頭へ向かって歩みを進める。
善徳は刀自古と頷きあうと、腰の天断をすらりと抜き放ち、牛頭と対峙する。その横で刀自古もすっと腰を落として拳を構えた。
「うわははは、俺の相手は小僧と娘か。笑わせてくれる、そんな貧弱な剣と女の拳で何ができるというのだ。地獄で馬面羅刹と恐れられたこの俺を、人間風情がどうにかできると本気で思っているのか」
ガンガンと巨大な矛を地面に打ちつけながら牛頭が威嚇する。打ちつけるたびに岩が砕け散り、振動の余波が善徳たちを揺らした。
「舐めるなよ、化け物。その人間がどれほどの力を持つか、その身を以って知るがよい!」
「女だからと侮りましたね。泣いて詫びてももう許しません。覚悟しなさい!」
兄妹が息を合わせ、心を一つに牛頭と向き合う。
「ほう、威勢だけは一人前よな。ならばこの俺の一撃を受けきれるならば受けてみよ」
片手に握った矛を頭上でぐるりと回転させ、轟と振り下ろすと、矛先を兄妹へ向けて構えをとる。
一方の厩戸たちは、互いの出方を測るように静かに向かい合っていた。
「ほう、これは珍しい。人と怪異が手を組むか。おい、そこの鬼ども、なぜ貴様らは人間などに力を貸すのだ?」
ふん、と天燈鬼が鼻で笑う。
「われらは人間に与しているのではない。厩戸に力を貸しているのだ」
「では人間に問おう。貴様はなぜ鬼どもと共にあるのだ?」
「家族だからだ!」厩戸が躊躇することなく即答する。
「は?家族だと?なんだ、それは。人と怪異が家族になれるはずが無かろう」
「では逆に問おう。なぜおまえはそう考えるのだ?何が人と怪異を分かつというのだ?」
「人と怪異では存在のありようが違う。空を飛ぶ鳥には地を這う虫の気持ちはわかるまい。鳥にとって虫は餌でしかないのだからな。それと同じことよ」
馬頭の返答を聞いた厩戸は静かに首を振る。
「見た目が違う、力が違う、寿命も違えば感性も違う。だが、それが何だというのだ。互いを思う心があれば、家族になれる。われらはそれを絆と呼ぶのだ」
厩戸の言葉に馬頭はわずかに目を細めた。
「なるほど、口だけは達者なようだな。では、その絆とやらの力、見せてもらおうか」
馬頭が巨大な青龍刀を構え、厩戸たちも戦闘態勢に移行する。
二組の、互いの存在と矜持をかけた闘いが始まろうとしていた。
お読みいただきありがとうございます。
明日も1話投稿予定ですが、投稿時間が21:00頃になります。
本業の都合で、しばらくの間は21:00投稿が続くと思います。
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