正体
本日投稿分です。
「これは驚いた。わが怨鬼を打ち滅ぼすか。やるではないか」
漆黒の闇の奥から揶揄するような声が響く。
「いったい何者ですか。なにゆえあのような非道な真似を!」
今にも闇の中に飛び込んでいきそうな刀自古を厩戸と善徳が必死に抑える。
「わしの名を知りたいか。ふむ。教えてやらんでもないが、わしのことなら、ほれ、お前らの後ろに控える怖ろしい男がよく知っておると思うぞ。のう、アスラよ」
驚いて振り向く厩戸たちが目にしたのは、腕を組んで不敵に笑うアスラの姿だった。
「瘟鬼といい、怨鬼といい、やり口が下種だと感じてはいたが、やはり貴様だったか」
「200年ぶりの再会だというに、随分な言い様ではないか、アスラよ。毘沙門に追われて逃げ回っていたと聞くが、こんなところに潜んでいたとはな」
その瞬間、アスラの殺気が膨れ上がる。瞬息で印を結ぶと黄金の炎が洞窟の奥に打ち込まれた。だが炎は闇の中で霧散する。
「ふははは。短気なところは200年経っても変わらぬか」
「アスラどの、この声の主、いったい何者なのですか?」
厩戸の問いに、アスラは憎々し気な表情で闇を睨む。
「あれはな、もとはと言えば大陸の鬼道使いだ。だが、狂った妄執で人の領域を逸脱してしまった男、もはや怪異と言って良いだろう、名を徐福という」
「徐福。アスラどのとは旧知の仲と見えますが」
「は?馬鹿を言うでない。奴はおれの周りをぶんぶんと飛び回る小蠅のようなもの、鬱陶しいだけの男よ」
「おお、連れないことを言うでないわ。わしは貴様と会えて嬉しゅうてならんのだ。貴様とアムリタは切っても切れぬ縁。この地にアムリタがあることの確かな証左であるからな」
「アムリタ?」厩戸と善徳が顔を見合わせる。この男もアムリタを求めているというのか。
だが、アスラは動じない。傲然と胸を張ったまま闇の奥を睨みつけている。
「は?下賤な鬼を使役するしか能の無い貴様に何ができるというのだ?アムリタを得るなど夢のまた夢、さっさと尻尾を巻いて地獄の底へ戻るがよい」
鼻で笑ったアスラだが、徐福への警戒を解いてはいない。むしろその表情は厳しさを増していた。
「ところで厩戸と言ったか、貴様、アスラなどは見限って、このわしと手を組まぬか?大王の血を引くらしいが、なにやら常人にはない異能が垣間見える。手を組むなら、その異能をさらに引き出すだけでなく、わしの力で貴様をこの国の大王にしてやろう」
いきなり誘いをかけられた厩戸だが、動揺する素振りも見せずに目を細めた。
「われを大王に?いったい何を企んでいる」
「なに、簡単なことだ。鬼道の源となるのは人の苦痛、悲嘆、怨念、そういう負の感情からなる陰の気よ。わしと貴様でこの国を地獄に変えるのだ。民の絶望を喰らい、怨嗟を糧として鬼道を極めることこそが我が願い。大王となった貴様の権力と、わしの鬼道の力があればたやすい事よ」
「おいおい厩戸、お前、随分と安く見られたな」
冷笑するアスラ、まったくだ、と言わんばかりに厩戸も頷いた。
「この世を地獄に変えるというなら、それを阻むために微力を尽くそう。われの願いとお前の野望はどこまで行っても交わりはせぬ」
「厩戸どの!」
「厩戸さま!」
善徳と刀自古も力強く頷く。
「やれやれ、なんとまあ愚かな事よ。世のため?人のため?実にくだらん。厩戸よ、わしには容易に想像がつく。貴様はその異能ゆえに世の人どもに虐げられてきたのではないか?嫌われ、無視され、排斥されてきたのでは?良いか、厩戸。力とは本来そういうものだ。それ自体が妬み、嫉み、嫌悪の対象となる。わしにはわかるぞ。わし自身がかつて通った道ゆえにな」
「例えそうだとしても!」
闇の奥を見据えながら、厩戸は自らの言葉に力を籠める。
「我が望みは我が内にあり、我が力は我が望みを叶えるためにある。世のため?人のため?違う!われは我が望みのために力を振るうのだ」
「ふん。そうかよ。まあよいわ。ではその力とやら、どれほどのものか見せてもらおう」
いきなり洞窟の奥で闇の気配が膨れ上がったかと思うと、徐福の唱える呪文が響く。
「無間招闇、業鬼来顕!」
闇をつんざく雷鳴と共に空間が歪み、渦を巻き始める。その渦の向こうから、身の毛もよだつ咆哮が響く。この世に決してあってはならぬ何者かが現出しようとしていた。
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