遭遇
本日投稿分です。
緩やかな下り坂が続いている。
「いったいどこまで下るのでしょう?もう化け物は出てこないのかしら」
だが刀自古の声に怯えの色はない。むしろ冒険を楽しむような響きさえ感じられる。
「このまま何事もなくアムリタまでたどり着ければよいのだが」
善徳にすれば、アムリタの確保こそが重要だった。都の民の半数の命、そして父である馬子の命がかかっているのだ。冒険を楽しむ余裕などそもそもなかった。
「おい厩戸、なにやら聞こえぬか?」
先頭を行く天燈鬼に促されて耳を澄ませば、確かに何かを激しく打ち合うような音が聞こえてくる。
「これは、誰かが闘っているのか?」
「行ってみましょう!」
「こら、待て刀自古!」
真っ先に飛び出していく刀自古を見て、善徳は慌ててその背中を追う。
「天燈鬼、龍燈鬼、われらも行くぞ」
厩戸たちも駆け出して行った。
「あれは!」
薄暗い洞穴の広場で無数の旧鼠が群れとなって数名の男たちに襲い掛かっていた。必死に応戦しているが、このままでは数の差で押し切られるのは明らかだ。男たちはすでに疲労の色が濃く、かろうじて剣を構えてはいるものの、その動きは鈍重で旧鼠の攻撃を受けきれていない。
「待て、刀自古」
善徳が声を上げた時には、すでに刀自古は風のように駆け出していた。
「助太刀します!」
男の喉笛に食らいつこうとしていた旧鼠を回し蹴りの一撃で吹き飛ばす。次々と襲い掛かってくる旧鼠を掌底、突き、前蹴り、裏拳と自在に繰りだしながら殲滅していく。
磨きに磨いた一つ一つの技が冴え渡り、舞うように闘いながら群れの後ろへと回り込んだ。
その動きに合わせるように、神剣天断を手にした善徳が群れの前面へと飛び出した。白刃が閃くたびに旧鼠はその数を減らしていく。
前後で群れを挟み込んだ兄妹は、圧倒的な武技で旧鼠を蹂躙していった。
「ほう、刀自古め、無鉄砲なようでちゃんと考えておるわ。善徳も阿吽の呼吸で合わせるか。さすが兄妹というところだな」
腕組みをしたままのアスラの傍らで厩戸もその見事な連携に感心していた。
やがて最後の一体を善徳が両断し、戦闘は終了した。
「大丈夫ですか?」
疲労のあまり座り込んでいる男の顔を刀自古がのぞき込む。
目が合った瞬間、男は驚きの声を上げた。
「と、刀自古さま!」
「ん?」よくよく見ると、刀自古も見覚えのある顔である。物部の家で暮らしていた時に、確かに見かけた記憶があった。
「あなたは、物部の?」
「な、なぜ刀自古さまがこのような場所に?」
男たちは目に見えて動揺している。
「このような場所とは随分な言い草だな。ここ宇陀野はわが蘇我家の領地だ。なぜ物部の家中のものがここにいるのだ」
善徳に問われた男たちの表情は硬い。互いに目を見交わして、口を開こうとしない。
「言えぬか。言えぬようなことをしていたというわけだな。ならば、腕づくでも言わせて見せようか」
善徳は腰の天断の柄を叩く。
それを見た男たちも、それぞれの得物を手に立ち上がる。
「待たれよ」
割って入ったのは厩戸皇子だ。
「旧鼠を相手に闘って命冥加に生き残ったにも関わらず、人同士で殺しあってどうするのです」
「あ、あなたは厩戸皇子さま」
静かに頷くと、厩戸は穏やかな声で語り掛ける。
「あなた方にもやむを得ぬ事情があるのでしょう。ですが、善徳どのの言う通り、この地は蘇我家の領地です。他家の者が勝手をして良いという道理はない。理由があるなら聞きましょう。言えぬというなら立ち去られよ」
男たちの動きが止まる。苦しげな表情で立ち尽くしていたが、やがて手にした得物を下ろした。
「承知しました。確かに非は我らにある」
厩戸に一礼し、立ち去ろうとしたその瞬間だった。
洞窟の奥から禍々しい気配と共に凍り付くような声が響いた。
「邪魔をするものはすべて殺せと命じたはず。何を躊躇しているのだ」
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