宇陀野洞穴
本日投稿分です。
「何やら薬猟が遠い昔のように感じます」
洞穴を前にした善徳が厩戸を振り返ると、厩戸もまた懐かしそうな表情を浮かべていた。
「ふーん、この洞穴で兄さまたちはアスラと出会ったのですか」
興味深そうに洞穴を覗き込む刀自古の首根っこを掴んでアスラが引き戻す。
「迂闊に近づくな。瘟鬼の件もある、何が起きているかわからんのだぞ」
確かにそうだ、と厩戸や善徳も気を引き締める。
「では行くとするか」
先頭に天燈鬼と龍燈鬼、その後ろに善徳と刀自古、最後尾に厩戸とアスラが控えるという陣形で洞穴へと足を踏み入れた。
久々に訪れた洞穴、その空気は湿気を含み、ひんやりとした風が頬を撫でた。濡れた岩肌と粘土質の土の匂いが鼻をくすぐる。わずかな自然光が届く入り口付近から奥を覗けば漆黒の闇が広がるばかりだ。
先頭を行く天燈鬼が印を結ぶと柔らかな光が灯った。
やがてアスラが自らを封印していた広場へと出る。
「ここで初めてわれは厩戸どのと肩を並べて夜叉の群れと戦ったのだ」
自慢げに語る善徳に刀自古は頬を膨らませる。
「刀自古も一緒に戦ってみたかったです。その夜叉とやらは、もう残ってはいないのですか?」
「ああ、最後はアスラどのが巨大な夜叉王を滅してしまったのでな」
「では、あそこで動いているあれは何なのでしょう」
「む?いかん!」
その瞬間、天燈鬼が防御の結界を張った。
ゴン、ゴン、ゴン。
結界に何かが激突する音が響く。
「これは、旧鼠か!」
戸惑いの声を上げる天燈鬼だが、旧鼠は嵐の如く結界へと殺到してくる。真っ赤に染まる瞳と鋭い牙、猫ほどもある体躯。それが狂ったように押し寄せてくるのだ。
「旧鼠の襲撃?あんな臆病な妖怪がなぜ?」
龍燈鬼もまた驚いている。
「ふむ。鼠の化け物か。何かあるとは思っていたが、やはりな」
「アスラどの、何かとは?」
「厩戸よ、それは後にせよ。まずは鼠どもを退治するのだ。火炎呪で焼き払え」
確かに、と気を取り直した厩戸は火炎呪を唱える。
「オン・アグニャ・シャバダ・ウン」
アスラとの修練によって強化された紅蓮の炎が渦を巻いて襲いかかる。逃げ惑う旧鼠を残らず焼き尽くさんと炎の奔流が広場を駆け巡る。やがてそこに残ったのは、形すら残さずに燃え尽きた白い灰だけであった。
「す、すごい」
初めて見る厩戸の火炎呪に刀自古は目を丸くしている。
善徳もまた厩戸の呪文の凄まじさに目を瞠っていた。これは負けてはいられないな。さらなる修練を決意する善徳であった。
「アスラどの、先ほどの話ですが」
アスラには、洞穴に旧鼠が出現したことに何か心当たりがあるようだ。
「おそらくは、アムリタの影響だ」
「アムリタの?」
頷いたアスラは自らの推測について語った。
アムリタは、周りの環境に影響を与える。宇陀野の異様に強い霊威もその一つだ。
アムリタが影響を与えるのは環境だけではない。そこに住まう生物に対しても等しく影響を与える。旧鼠もアムリタの影響で鼠から変じた妖怪であろう。
もう一つ、アムリタには特徴がある。
自己防衛の本能を持っているのだ。
物質が意思を持つなどあり得ぬと思うか。
だが、先ほどの妖怪の異様さは何だ?
なぜ臆病な妖怪が群れを成して襲ってきた?
あれは、明らかにアムリタの影響を受けている。
あの妖怪どもはアムリタによって操られているのだ。
「ここから先、アムリタに近づくにつれ、さらに強力な怪異が現れるだろう。気を引き締めて進め」
不安な気持ちを押し殺して厩戸たちは洞穴の奥へと進んでいく。
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