物部屋敷
本日投稿分です。
物部守屋は上機嫌であった。
ここ数日、政敵である蘇我馬子が朝廷に姿を見せていないからだ。
「ふん、馬子め、相当弱っているのではないか?」
「そうですな。程なく我らの勝利となりましょう」
守屋の腹心、中臣勝海も同意する。
軍事を司る物部氏と祭事を司る中臣氏はいわゆる廃仏派の中心であり、崇仏派である蘇我氏と鋭く対立している。仏教を受容する、それは即ち蕃神を祀ることであり、古くからこの国を守護してきた国神の怒りを買うことになる。決して許してはならないという強い信念で両氏は結びついていた。
長年にわたり膠着状態が続いた対立だが、ここにきて大きな変化が生じている。
疫病の大流行がそれである。
疫病への対処を巡って両者の対立は激しさを増していた。
廃仏派の主張ははっきりしている。
疫病の原因は、蕃神である神仏を祀り、国神である八百万の神々の怒りをかったことにある。仏像を破却し、寺を廃し、神々への贄を捧げて祓いを正しく行うことこそ、疫病を終わらせる道だというのが、その主張である。
それに対する崇仏派の主張は、疫病の流行は仏法の力をもって鎮めるべきというものだ。三宝に帰依し、伽藍を建立し、経典を読誦すれば諸天仏神が国を守護し、疫鬼も退散する。仏の慈悲なくして、これほどの災厄を鎮めることはできない。
だが、この崇仏派の主張には、弱みがある。
疫病大流行の原因を示せないのだ。
仏教の受容が原因ではないと主張するのだが、では何が原因なのかという問いに答えることができない。
原因を示さずに処方だけを提示しても納得を得ることは難しい。
それが朝廷内で廃仏派が勢いを増す要因となっている。
ましてや敏達大王までが疫病で倒れるに至り、疫病への対処はますます緊急度を高めている。廃仏派を支持する声が朝廷内の大勢を占める勢いとなっていた。
「あの方士、存外と役に立ちましたな」
勝海の言葉に守屋は頷いた。
「うむ、大陸が出自というのは気に食わんが、駒として使うなら問題あるまい。あの方士が使う術、何と言ったか」
「確か、鬼道と」
「奴が召喚したあの鬼を見た時、不覚にもこの身が震えたわ。なんとも悍ましい術よな」
その時の状況を思い出した守屋は思わず顔をしかめた。
「ですが、奴の進言した、疫病を流行させることで崇仏派の蘇我を追い落とすという策が見事に嵌りました。危険な策ではありますが、それを採用なされた守屋どのの慧眼には感服いたしました」
うむ、と満足げに頷く守屋。
「この国を守るためには多少の犠牲は仕方あるまい。仏教の害毒がこの国を満たし、滅びの道を進むことを思えばやむを得ぬ決断ではあったのだ」
「左様ですな」
中臣勝海も同意する。
「だが、流石にそろそろ流行を鎮めねば、逆にこの国の存亡に関わろう。件の方士に疫病を鎮めるよう命を下さねばならぬ」
「そこは抜かりなく」
頷いた勝海だが、ふと何かを思い出したように顔を上げる。
「そういえば、その方士より家中の者を何名か借り受けたいとの申し入れがございましたが、如何いたしましょう」
「おお、そうか。奴の働きを思えば、それくらいの便宜は図ってやらねばならぬだろう。適当に見繕って貸してやるがよい」
物部屋敷の密談はさらに続く。
仏教を巡る対立は、まさに佳境を迎えようとしていた。
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