五行の理(ことわり)
本日投稿分です。
屋敷の広間で厩戸はアスラと向かい合っていた。
善徳と刀自古はすでに帰宅し、天燈鬼や龍燈鬼の姿もない。
「さて厩戸よ。お前には何としてもアムリタに耐えてもらわねばならぬ」
もとより耐えることができなければ厩戸の命が失われるだけではなく、この都の民の半数が死に絶える。それは、この国そのものの消滅を意味するだろう。厩戸の表情には一切の迷いを断ち切った静けさと、すべてを受け入れる覚悟が同居していた。
「良いか、厩戸、お前はまず五行の理を知らねばならぬ」
「五行、というと木火土金水でありましょうか。万物を構成する五つの元素と聞きますが」
うむ、とアスラは頷く。
「五行はそれぞれの性質から発現する根源的な力を持っている」
そう言うとアスラは右手で印を結ぶ。
「木とは精気。癒しと復元、再生の力だ」
すると印を結んだ右手を中心に柔らかな黄緑色の光が拡がっていく。その光に包まれた若木がすくすくと成長していく様を厩戸は幻視した。
アスラは印の形を変える。その瞬間、癒しの光は消え、紅蓮の炎が燃え上がる。アスラを中心に渦を巻き、周囲を赤々と照らし出す。
「火とは熱情。強い想いが炎となる、破邪の力」
「土は不屈。不動と忍耐、守護の力」
ドン、と屋敷が震え、漆黒の分厚い壁が足元からせり上がる。人跡未踏の霊山の如きその威容に厩戸は圧倒された。
「金は皆断。力と鋭利を具有し、すべてを断ち切る、断絶の力」
すい、と伸ばしたアスラの手に黄金の太刀が現れた。一振りすれば、轟、と唸りを上げて虚空を両断する。
「そして、水。水は無心。機に臨み変に応じる、変化の力」
はらはらと降り始めた雨がやがて川となり、自在に形を変えていく。水龍を思わせるその動きには一切の淀みがない。
印を解いたアスラは腕を組み、再び口を開く。
「あらゆる存在はその内にこの五つの力を秘めている。そしてそれぞれに五つの力の強弱が存在する。最も強く現れる力をその存在の根源属性と呼ぶ」
アスラは厩戸の胸元を指さす。
「そして厩戸、お前の根源属性は火だ。だからこそ火界の理を刻んでも耐えることができたのだ。無論、魂の形が常人とは異なっていればこそではあるがな」
そしてアスラは再び印を結ぶ。
掌に小さな炎がともる。
「根源属性を強化することで魂の強度は格段に上がる。それこそが、アムリタに耐え抜くための鍵となろう。まずは火界呪を唱えてみよ」
厩戸は頷き、印を結んで真言を唱える。
「オン・アグニャ・シャバダ・ウン」
厩戸の指先にもアスラと同じように炎がともる。
「これを見よ」
そういうとアスラは自らの炎を自在に変化させ始めた。
大きさや形を変えるだけではなく、炎の色をも操作してみせる。
「想いの強さが術の威力を左右する。威力は炎の色に現れるのだ。赤はやがて黄、そして青、ついには黄金の炎へと至るであろう」
アスラの言葉にしたがって、炎が色を変えていく。
「炎に意思を乗せることでその形状を制御するのだ」
掌の上で形状を変化させながら炎が踊る。
「内なる炎を自在に操ることができるまで、この修練を繰り返せ」
真剣な表情で頷いた厩戸は、自らの炎を制御すべく修練を始めるのであった。
それを見て、アスラは満足そうに頷く。
厩戸はこれで良かろう。
あとは善徳か。ああ、あの妹も洞穴には同行するであろうな。
ならば、善徳と妹、まとめて鍛えてやることにしよう。
アムリタを確保するには万全を期さねばならない。善徳たちの修練をどうするか、思いを巡らすアスラであった。
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