アムリタ②
本日投稿分です。
本作の舞台となっている奈良の飛鳥が世界文化遺産登録とのこと。
おめでとうございます。
「ですが、どうしてそのアムリタはそんな場所にあるのですか?」
刀自古の素朴な問いにアスラは苦笑する。だが、厩戸や善徳もまた食い入るような視線でアスラを見つめている。
「お前らには関係のない話だが、まあよい。知りたいというなら語って聞かせよう」
そしてアスラはアムリタを巡る物語を語り始めた。太古から続く、アスラ族と天界の神仏との宿痾のごとき闘いと恩讐の物語を。
幾千年。
天道に住まう神仏と修羅道を本拠とするアスラ族は六道(天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道)の覇権をかけて争い続けた。神仏が光ならばアスラ族は炎、光と炎の奔流が戦場を満たし、その激しさに世界の理までもが捻じ曲げられていく。名だたる英雄や神将たちが繰り広げる壮絶な戦いは永遠に続くかと思われた。
だがその闘争に転機が訪れる。
闘争を調停する、調停者が現れたのだ。その名をヴィシュヌという。
ヴィシュヌは、六道の覇権をめぐる戦いが六道そのものを荒廃させていることの愚を説いた。
この戦いには大義がない。
ヴィシュヌはさらに説く。
まずは闘争に終止符を打ち、この六道を荒廃から救わねばならない。
このまま放置すれば、六道は滅びの時を迎えるであろう。
ひとえに長きにわたる神仏とアスラ族の争いこそがその原因だ。
神仏、アスラ族が協力して六道の復興に努めるべきである。
協力せよというならば、協力しないでもない。だがこれほどまでに荒廃した六道をどうやって復興させるというのだ。神仏、アスラ族双方ともに連綿と続いた闘争に疲弊し、もはや六道を復興させるほどの力は残ってはいない。神仏、アスラ族といえども万能ではないのだ。
その問いに、ヴィシュヌが策を示す。
「アムリタを生成するのだ」
アムリタはすべての生命の根源たる霊薬、ひとたびそれを用いれば無限の霊力と不老不死を得る。協力してアムリタを生成し、それによって得た力をもって六道の復興に力を尽くせ。
ヴィシュヌの調停を受け入れた神仏とアスラ族は協力してアムリタの生成に取り組む。
乳海と呼ばれる海に様々な材料を投げ入れる。
竜王ヴァースキを綱として用い、その乳海を攪拌する。
千年にわたって協力関係は続き、乳海を攪拌し続け、ついにアムリタを生成した。
「ついに偉業を為したか。これで六道を救うことができよう」
ヴィシュヌの言葉に神仏、アスラ族ともに歓喜の声をあげた。
「だが、われらアスラ族がアムリタを手にすることはなかった」
アスラの声が怒りに震え、目には憎しみの炎が灯った。その激しさに厩戸たちは息を飲んだ。
「ヴィシュヌが裏切ったのだ。奴は最初から天界の神仏どもと結んでいた。われらを騙し、得られた果実をすべて神仏に渡す。仕組まれた、偽りの協力関係だったというわけだ」
しばしの沈黙の後、再びアスラは語り始める。
「裏切りに気づいたおれは、七人の仲間とともに直ちに天界へと侵入した。浮かれている奴らの隙を突いてアムリタを強奪したのだ。神仏どもは驚いたであろうな、なにしろ天地開闢以来、天界に侵入したものなど皆無だったのだから。すぐに追っ手を差し向けてきた、その指揮をとっていたのが毘沙門天だ。だが、やつらに捕まるほど間抜けな俺たちではない」
慌てる追っ手の様子を思い出したのであろう、アスラは愉快そうに肩を揺らした。
「この世には八つの苦難がある。生、病、老、死、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五蘊盛苦、これを八苦という。そしてアムリタもまた八つの要素で構成されている。その一つ一つが八苦に対応しているのだ。そこで俺たちはアムリタを八つに分け、思い思いの方向へと持ち去ることにした」
「俺が手にしたアムリタは、病のアムリタ。追ってきた毘沙門たちを適当にあしらいながら一気に天界を抜け、人間道に至ったところでそのアムリタを投げ捨てた」
「投げ捨てたのですか?」善徳が驚きの声を上げる。
「ふん。アムリタなどなくても俺は無敵だからな。とにかくアムリタが神仏どもの手に渡らなければ、それでよいのだ。いずれ回収するつもりではあったがな。その後、毘沙門どもを振り切って、ほとぼりを覚ますために自らを封印したのだ。まさか、その洞穴にアムリタが存在するとは俺にも予想外ではあるのだが」
そう言ってアスラは苦笑する。
「だが、俺の持ち去ったのが病のアムリタだったことは、お前らにとっては幸運であったな。それを用いれば、瘟鬼の疫病にも対応できよう」
まるで神話の時代そのもののようなアスラの話に、厩戸たちはしばらくの間、口を開くことができなかった。国の興亡など取るに足らぬほどの、天地を揺るがす大戦があったこと。その只中を駆け抜けたアスラと天界の神仏たち。無限の霊力と不老不死をもたらす霊薬アムリタ。そして、そのアムリタがこの飛鳥の地に眠っているということ。
アムリタこそが、疫病に苦しむこの国を救う唯一ともいえる手段となるのだ。
「では、何としてもわれらの手で宇陀野に眠るアムリタを回収いたしましょう」
無論、善徳や刀自古にも異論はなかった。
厩戸とともに馬子を救い、この国の民草を救うのだ。
頷きあう厩戸たちを見て、アスラは満足げに微笑むのであった。
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