アムリタ
本日投稿分です。
「アムリタとは、生命の源となる霊薬だ。神仏がひと口飲めば光を得、不死を得られると言われている」
「それを用いれば、疫病に苦しむ民草を救うことができるのですか?」
厩戸の問いにアスラは首を振る。
「神仏にとっては霊薬であっても人間にとっては劇薬だ。用いれば直ちに命を失うことになるであろうな」
「では、どうすれば良いのです?」
その問いにアスラは笑みを消し、瞳に冷徹な光を宿した。
「厩戸よ、お前がアムリタを用いるのだ」
厩戸の動揺を測るかのように、アスラは厩戸を凝視する。だが厩戸は動じない。まっすぐにアスラを見つめ返し、迷いのない口調で告げた。
「それでこの国を救えるのであれば、喜んで用いましょう」
「厩戸どの!」
「厩戸さま!」
善徳と刀自古が悲鳴を上げる。
「国は救えても、厩戸どのが命を失うことになりますぞ」
「まあ、待て善徳」
アスラは厩戸の胸元を指し示す。
「火界の理に耐えた厩戸の魂であれば、アムリタに耐えうるかもしれぬ」
「まことですか!」
「ああ、だが必ず耐えうるとは言っておらぬ。俺の見立てではまず五分五分というところだ」
「ではその五分の賭けに勝ったとして、その後どうなりましょう?」
厩戸はあくまでもアムリタを用いるつもりだ。その決意に曇りはない。
「聖炎呪を使えるようになるだろう」
「聖炎呪?」
「うむ。邪を祓い闇を照らす呪法だ。瘟鬼による疫病は確かに強力だが所詮は外法の技、聖炎呪であれば祓い清めることができよう。だが、アムリタを用いる以上、命の保証はできかねる。さて、厩戸よ」
アスラはその覚悟を問うように再び厩戸を凝視する。
「命をタネ銭の大博打だ。断ったとて誰も文句は言うまいよ。命冥加に生きながらえば、万の衆生を救うことができよう。だがもし裏目が出たならば、地獄もぬるい苦しみの末、消えてなくなることになる」
決断を迫るアスラの言葉に厩戸は莞爾として笑みを浮かべる。
「この命ひとつで万の命を救えるというのなら、何を迷うことがありましょう」
「ふん、そうか。後悔するなよ、厩戸よ。引き返すことはできぬぞ」
厩戸は力強く頷いた。
「さて、まずはそのアムリタを手に入れることから始めねばならぬ」
「ええっ、アスラどのが持っているのではないのですか!」
善徳が驚きの声を上げる。
「当たり前だ。そう都合よくは行かぬわ。だが、心当たりはある」
厩戸や善徳、刀自古に向かい、アスラは自らの推測を語る。
「アムリタは、もともと人間界のものではない。ゆえに、その存在そのものが周りの環境に影響を与える。それによって、本来であればあり得ぬ不思議が現れる」
「不思議?」刀自古が首を傾げる。
「そうだ。例えば厩戸、火界の理を刻んでなお耐えうる魂の形。あるいは善徳、神剣天断を振るうことを可能とする魄の形。そして天燈鬼、龍燈鬼などの高位の怪異の存在。どれも通常ではあり得ぬものだ。そのすべてがこの飛鳥の地にアムリタが存在していることを示唆している」
私は?と問おうと思った刀自古だが、そこは我慢する。刀自古は空気が読める女なのだ。
「特に宇陀野。あの地の霊威は異常だ」
厩戸と善徳は顔を見合わせる。
「おれがお前らと出会った洞穴。おそらくは、あの洞穴のどこかにアムリタは眠っている」
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アムリタはインド神話に出てくる不老不死の霊薬です。古代インドの大叙事詩、マハーバーラタにも出てくるのです。本作のキーアイテムとなる(はず)です。
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明日も1話投稿予定です。




