厩戸宮
本日投稿分です。
司馬達等と池辺氷田は、都のはずれにある厩戸皇子の屋敷を訪ねている。
すでに夕刻近く、茜さす空の下、厩戸宮は静かにその影を落としていた。その門前に二人は立っている。
「さて、厩戸皇子はおひとりで住まうと聞くが、取次の者がいるのであろうか。薬猟では従者を連れておられたようだが」
しばらく逡巡していたが、意を決した池辺氷田が大音声で訪問を告げる。
「我ら蘇我家の使いの者、善徳どのにお伝えすべきことがあり参上いたしました。なにとぞお取次ぎ給え」
やがて内からゆっくりと門が開く。
中から現れた人物を見て、池辺氷田が驚きの声を上げる。
「と、刀自古どのではありませぬか」
「あら、先生!」
刀自古の声が跳ねる。
意外な人物の登場に、司馬達等と池辺氷田は顔を見合わせた。
「兄さまに御用なのでしょう?刀自古がご案内します。どうぞこちらへ」
とまどいながらも二人は刀自古の案内に従って門内へと進む。
刀自古に案内された先は奥の広間だった。
その扉を開けた瞬間、達等の足が止まる。
善徳の座しているその先に、厩戸皇子がいたからだ。
考えてみれば当然である。ここは厩戸皇子の屋敷なのだ。
達等は自らの迂闊さを呪った。
「おう、これは池辺どのではないか。おや、司馬どのも一緒か。ん?どうなされた。顔色が優れぬようだが、何かあったか?」
善徳の言葉に達等は視線を泳がせる。氷田もまた、硬い表情でうつむいている。
この場には厩戸皇子だけではなく、刀自古もいる。馬子の病状を伝えてよいものだろうか。
言い淀む達等に善徳は不審の眼を向ける。
先ほどから厩戸皇子の様子を伺っているようだが、皇子のいる場では話せぬということか。だとすれば、この者たちは勘違いをしている。善徳にすれば、厩戸皇子に隠すことなど何もないのだ。皇子を前にして内緒だなどと、善徳の矜持が許さない。
「司馬どの」
善徳の声は低く、険を含んでいる。
その瞬間、兄の怒りに気付いた刀自古が前に出た。
「先生、何を迷っているのですか!」
腰に手を当て、仁王立ちだ。
「闘いにおいては迷いこそが敵なのだと刀自古に教えてくださったのは先生でしょう?」
「いや、闘いではないのだが」
刀自古の言葉に池辺氷田は苦笑する。
「だが、刀自古どのの言うとおりだ。司馬どの、ここは腹をくくりましょうぞ」
達等は氷田を見る。
氷田はわずかに頷く。
達等は深く息を吸い、そして、覚悟を決めた。
「馬子どのが、先日より疫病に伏せられております」
広間の空気が凍った。
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