司馬達等
本日投稿分です。
「繰り返し申し上げます。馬子どのが疫病に伏せられていること、せめて善徳どのだけにはお伝えすべきです」
司馬達等の言に誰一人口を開かない。
ある者は腕を組み、額に深い皺を刻んで黙していた。
またある者はうつむきがちに唇を噛みしめている。
「もしこのまま、万が一のことがあれば」
「やめよ」
重臣の一人が重い口を開く。
「滅多なことを言うものではない。善徳どのにも知らせるなとの馬子どのの仰せだ」
馬子は善徳の気性を熟知している。
馬子が病に伏したことを知れば、治癒するためにあらゆる手を尽くすであろう。派手に動けば動くほど、情報が漏洩する可能性が高くなる。
それを馬子は恐れたのだ。
だが司馬達等は怯まない。ここで蘇我氏に倒れられるわけにはいかないのだ。蘇我氏と渡来人は一蓮托生、蘇我氏が衰退すれば、それはそのまま渡来人の未来を閉ざすことになる。
「やめませぬ。万が一のことがあれば、蘇我氏の次代を担うべき善徳どのが何の準備もできぬままになる。それこそが真の危機ではありませぬか」
「情報が洩れれば物部どもが黙ってはおらぬぞ」
「承知しております」
苦渋に満ちた沈黙が場を支配する。
誰かのため息が燈明の灯火をゆらりと揺らした。
長い長い沈黙の末、ついに一人の重臣が口を開く。
「致し方あるまい。司馬どのの言う通り、このまま善徳どのに何も知らせぬというわけにはいかんだろう。だが物部に知られることだけは、何としても避けねばならぬ。そのあたりのことも善徳どのには納得してもらわねばならぬのだ」
然り、と司馬達等は頷いた。
「司馬どの。善徳どのにお伝えする役目、引き受けては貰えぬだろうか。もし馬子どのがこのことをお咎めなされたら、我ら重臣一同がその責を負おう」
司馬達等は深々と頭を下げる。
「確かに承りました」
馬子が鎖した扉を重臣たちは開く決断を下した。
そしてその鍵は、司馬達等に預けられたのであった。
蘇我屋敷を出たその足で、司馬達等は池辺氷田のもとへ向かった。現状を伝えるにあたり、善徳と親しい池辺氷田を伴うのが得策だと判断したからだ。
「おう、これは司馬どの。わが茅屋にお越しになるとは珍しい。槍でも降るのではないか?」
池辺氷田の言に苦笑を隠せない。まったくこの男は能天気なものだ。
「うむ。じつは頼みがあって来たのだ」
「ほう、司馬どのの頼みとあれば、この氷田、身命を賭しても応じねばなるまいな」
そこで司馬達等は、この間の事情を噛んで含めるように説明をした。善徳との話し合いに同行してほしいという依頼に池辺氷田は二つ返事で応じる。
「われから口添えできることがあるか否かはわからぬが、そういうことであれば同行しよう」
「であれば善は急げともいう。これから善徳どののもとを訪ねよう」
「訪ねるは良いが、居場所はわかっているのか?」
「ああ、それならば呪言の術を用いればよい。しばし待て」
司馬達等の雰囲気が変わる。手元に呪具を携えて呪言を唱える。
「虚空の座標を絡めとれ、我が言霊にて眼前に結べ。座標縛!」
その瞬間、空気が震え、空間に亀裂が走る。亀裂はやがて都を俯瞰した模様へとその形を変え、ある一点が光り輝く。
「む。ここは」
それを見ていた池辺氷田が眉を顰める。
「厩戸皇子の屋敷ではないか」
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