蘇我屋敷
本日投稿分です。
蘇我馬子の屋敷に家中の主だった者が集まっている。
だが、その中に馬子の姿はない。
誰もが暗い顔で額を寄せ合うのだが、議論は堂々巡りで一向にまとまらない。
その中に、司馬達等の姿もあった。
「司馬どの、馬子どのの容態はどうなのだ」
「いまのところ小康状態を保っておりますが、なお予断を許さぬ状況かと」
集まった一同の顔が一層暗くなる。
蘇我氏の頭領、蘇我馬子が病で倒れたのだ。
医師の見立てによれば、都で大流行中の疫病だという。
発症してからすでに3日ほど経過するのだが、蘇我氏はその情報を厳重に秘匿していた。
馬子の血縁である善徳や刀自古にすら、伝えられてはいない。
なぜそれほどまでに秘匿するのか。
それには理由があった。
時は欽明王の時代に遡る。
当時の朝鮮半島、百済の聖明王によって、欽明王に仏像や経典が献上された。いわゆる
仏教公伝である。この国に仏教という新しい宗教が伝来したのだ。
その仏教を受容すべきかどうか。
欽明王は当時の重臣であった蘇我稲目と物部尾輿に下問した。
古来よりわが国は八百万の神々(国神)を信仰しており、蕃神(外国の神仏)を拝むことにより国神の怒りを買うに違いないと、断固として反対したのが物部尾輿である。
一方、大陸の先進的な技術や制度、文化を取り入れることで新たな中央集権国家を目指す蘇我稲目は、仏教の受容を強硬に主張した。
世にいう崇仏・廃仏論争である。
国論が二分することを憂慮した欽明王は、自身が仏教へ帰依することは断念したが、蘇我稲目に献上された仏像を与え、私的な礼拝や寺の建立を許可した。国家としては受容しないものの、実態としては布教を許したことになる。
以来、蘇我馬子と物部守屋の時代に至るまで仏教を巡る争いは続いている。
そんな中、その争いの火に油を注ぐ事態が発生した。
都における疫病の大流行である。
「このままでは国が滅ぶ」
敏達大王の危機感は相当なものであり、主だった重臣たちにその対処を求めた。
「疫病の流行は仏法の力をもって鎮めるべきです。三宝に帰依し、伽藍を建立し、経典を読誦すれば諸天仏神が国を守護し、疫鬼も退散いたしましょう。仏の慈悲なくして、これほどの災厄を鎮めること叶いませぬ」
蘇我馬子が主張する。
物部守屋も負けてはいない。
「疫病の原因は、蕃神を祀り、八百万の神がお怒りになられたからに違いありませぬ。国神を尊び、神祀りを行うべきです。仏像を破却し、寺を廃し、神々への贄を捧げて祓いを正しく行うことこそ、疫病を終わらせる道です」
またもや国論は二分する。
有効な手立てを打てないまま、敏達大王までが病に伏した。
そのような状況での馬子の罹病である。
馬子が疫病に罹患したことが明らかになれば、それみたことかと物部氏は勢いづくだろう。馬子に万が一のことでもあれば、蘇我氏は一気に朝廷内での力を失うことになりかねない。
だからこそ、情報を秘匿している間に何としても事態を打開しなければならない。馬子に回復してもらわなければならないのだ。
どうすればよい。
重臣たちの悩みは深く、時間だけが無情にも過ぎていった。
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