家鳴り②
本日投稿分です。
家鳴り。
数寸ほどの小さな小鬼の姿をした小妖怪である。
いたずら好きで、集まって柱や天井を揺らすことで人を驚かせるのだが、極めて臆病であり、決して人前に姿を現すことはない。
その家鳴りの姿が刀自古には見えているというのだ。
「あら?」
驚きのあまり茫然としている厩戸の背中で刀自古の戸惑うような声がした。
振り返った厩戸は、さらに驚くことになる。
いつの間にか一匹の家鳴りが刀自古の袖にしがみついていたのだ。丸い目をきらきらさせながら、きゅるきゅると鳴いている。
「あっ、こら、くすぐったい!」
さらにもう一匹、裾からするするとよじ登り、帯を足場に肩へと到達する。そこへ別の一匹が飛びつき、刀自古の頭の上にちょこんと腰を下ろした。
善徳が呆気に取られている。
「な、なんだ、こいつら」
本来なら人の気配を感じただけで隠形する家鳴りたちが刀自古に群がっていた。
あるものは頬をむにむにとつつき、あるものは髪を梳くように指を通し、またあるものは肩に乗ったまま満足げに喉を鳴らしている。
「こ、こら、髪を引っ張ってはなりません!」
しかし刀自古の声には怒気がない。むしろ嬉しそうでもある。
「随分となつかれているではないか」
アスラの言葉に厩戸は頷いた。
「刀自古どのにはあれらを怯えさせるものがないようです」
「それだけではあるまい」
アスラは腕を組み、刀自古へと視線を向ける。
柱の陰から、また一匹の家鳴りが顔を出す。きょろきょろと周りを窺った後、一直線に刀自古の懐へと飛び込んでいった。刀自古は驚きながらも柔らかく受け止める。
「嫌われるもの、疎まれるもの、恐れられるもの、そういった世に受け入れられぬものどもにも居場所があってよいと、本気で思っている顔だ」
刀自古の周囲では相変わらず家鳴りたちが騒いでいる。
一匹は袖の中に潜り込み、一匹は肩に乗って髪を編む真似をし、頭上の一匹などは完全に居座るつもりらしく、得意げに尻尾を揺らしている。
それを見つめる厩戸とアスラの隣で善徳は少しだけ目を細めた。
「刀自古は、ああいう小さなものに好かれるのです。それは、たぶん」
少し迷うような沈黙の後、ぽつりと続けた。
「たぶん、あれがずっと独りだったからです」
善徳は刀自古を見つめたまま話し始めた。
「刀自古の母は物部太媛さま、物部守屋どのの妹君です。蘇我と物部はこの国の誰もが知る政敵同士。その両家の血を引く娘ともなれば、誰もが扱いに窮します。刀自古の育てられた物部の家では、蘇我の血を引く妹はさぞつらい思いをしたことでしょう。犬や猫や小鳥たち、そういう小さなものたちが、ずっとあれの友だったのです」
「だが、蘇我には善徳どのがいる。そうではありませんか?」
厩戸の言葉に驚いたように目を見開いた善徳だが、やがてしっかりと頷いた。
「そうありたいと思います」
「兄さま!」
刀自古が善徳に呼びかける。
「刀自古はすっかり気に入られてしまいました!これからは刀自古も兄さまと一緒にこのお屋敷に通わねばなりませんね!」
きゅい、と刀自古の頭上の家鳴りが同意の声を上げる。
「おい、善徳よ。おまえの話の割には随分と図々しいではないか」
厩戸と善徳の明るい笑い声が響く。
それを見て、刀自古は不思議そうに首を傾げた。
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