蘇我善徳
本日3話投稿の2話目です。
「もっとも大きな鹿茸を狩った者には、特別な褒賞をとらせよう」
宴もたけなわを迎え、上機嫌の馬子の放った言葉に一同は沸き立った。
その褒賞を手にするのはおれだ。
蘇我善徳は殊勝な態度を装いながら、心の中ではそう考えていた。
壇上に並ぶのは、すべて見知った者どもであり、その力も才もおれに及ぶものなどいるものか。赤子の頃からともに遊び、学び、競い合ってきた幼馴染というべき連中だ。
その中で、善徳は常に中心にいて一目置かれる存在であった。
一族の棟梁の長子だから、ということだけが理由ではない。
善徳は小柄な馬子の血筋とは思えぬ立派な体格を持ち、逆に馬子の頭の冴えや常人ならぬ胆力はしっかりと受け継いでおり、同年代の中では明らかに抜きんでた存在であったのだ。
ゆえに、周りの大人共も含めて、善徳が未来の蘇我一族を背負って立つ逸材であることに異論のある者はいなかった。また善徳も、その立場をよく理解していたといえる。
薬猟の褒賞を受け取るのは自分だと自負するのも、理由無きことではなかったのだ。
壇上に並ぶ顔ぶれの中で、一人だけ善徳も良くは知らない男児がいた。
厩戸皇子である。
厩戸の母、穴穂部皇女は蘇我氏の出自であり、善徳も幼いころから見知っていた。しかし、穴穂部皇女と厩戸が共にいるのを見たことはない。
捨て皇子。
厩戸皇子の異名とその謂れを善徳も聞いている。
身分で言えば、皇統に連なる厩戸を敬うべきなのはもちろんだ。
だからといって、善徳には勝ちを譲ろうなどという殊勝な気持ちは一切なかった。
父の馬子もそのようなことは望んではいまい。
これからの朝廷を担い、この国のかじ取りを行うのは我ら蘇我一族をおいて他にはない。
それが馬子の口癖である。
やがては自分が蘇我氏を率い、ひいてはこの国のまつりごとを取り仕切るのだ。それは決まった未来であると善徳は信じて疑わない。
血統だけでは足りない。力あってこその血統であろう。
皇統に連なりながらも後ろ盾となるべき両親との縁薄き捨て皇子。善徳に言わせれば、厩戸皇子にはその力が決定的に欠けていた。
善徳は宴の喧騒に染まることなく静かに佇む厩戸を見る。
色とりどりの糸が織りなす上質で繊細な絹を身に纏い、嫋やかな風に髪飾りを揺らす姿は優雅であることこのうえない。
薬猟で競うなど、この皇子には似合わない。馬を御せるかどうかも怪しいものだ。
おとなしく音曲や詩歌でも楽しんでおればよいものを。
善徳は心からそう思った。
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