斑鳩、厩戸宮
本日3話目の投稿です。明日も3話投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
その日、斑鳩の厩戸皇子の屋敷は、早朝から喧騒に包まれていた。
薬猟の当日である。
厩戸の晴れ舞台に誰が付き添うのかで、怪異どもが揉めに揉めているのだ。
「鹿を追い込むのには、おいらの足が役に立つ」
「何を言う。まずはおれの遠目で鹿を見つけるのが先であろうが」
「きっと役に立ってみせるからアタイを連れて行っておくれよう」
この日のために母の穴穂部間人皇女から贈られた狩り装束を身に纏った厩戸の周りで喧しいことこの上ない。
今回の薬猟には蘇我氏の一族が10名ほど参加すると聞いている。いずれも名家の子息であるから、お付きのものを引き連れての参加となるであろう。
だが、厩戸は斑鳩屋敷に一人で住んでおり、仕えるものは怪異どもだけである。薬猟には、当然単独で参加するつもりであった厩戸だが、どうやら怪異どもは同行するつもりらしい。
「連れて行ってやりたいのはやまやまだが、そういうわけにもいかぬのだ」
怪異どもを引き連れて行けばどうなるか。ただでさえ得体の知れぬ捨て皇子と揶揄されている厩戸である。大騒ぎになるのは目に見えているし、下手をすれば討伐の対象となる恐れさえあった。
とは言え、徒歩で参加するわけにもいかない。
最低でも騎乗する馬と猟犬は必要である。
どうするか、と頭を悩ませていたところ、怪異どもの首領格である天燈鬼と龍燈鬼が揃って厩戸の前に現れた。
「厩戸よ、我らに任せよ」と、声を揃えた。
「阿!」天燈鬼がそう唱えると、たちまちに毛並みも艶やかな黒毛の馬に変化した。
「吽!」龍燈鬼がそう唱えると、たちまちに仔馬ほどもある純白の犬に変化した。
我らが厩戸の供をする、と変化した鬼どもが宣言した。
「厩戸よ、我らを呼ぶときの名を決めよ」
うむ、と頷いた厩戸は、しばし思案する。
「では、黒き馬たる天燈鬼は黒駒と、白き犬たる龍燈鬼は雪丸と呼ぼう」
名付けられた鬼どもは、満足げに頷いた。
だが、それで収まらないのは他の怪異どもだ。
ずるいではないかと騒ぎ出すもの、我もとばかりに変化を試みるもの、黒駒に飛び乗ろうとして振り落されるものまででる始末。
厩戸とて自分を慕うものたちを連れて行ってやりたいのはやまやまだ。
それもまた一興ではあるか。と、厩戸は半ば本気で思っている。
そもそも厩戸にとっては自らの家族とでもいうべき怪異どもの方が、蘇我の一族などよりもよほど大切な存在なのだ。蘇我の権勢を示すための薬猟など、本来であれば参加する義理などなかった。
では、なにゆえ参加することを決意したのか。
話はひと月ほど前にさかのぼる。
厩戸の母である穴穂部間人皇女が、何の前触れもなく屋敷を訪ねてきたのだ。
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