蘇我屋敷
本日2話投稿の2話目です。
「うむ、それはまことか」
蘇我馬子の言葉に司馬達等は深く頷く。
「さようでございます。厩戸皇子の狩った鹿茸、我ら渡来の一族に属する薬師の見立てでは、通常の数倍の薬効を持つとのこと」
それを聞いた馬子は苦い表情を見せる。
「だが、今さら薬猟の結果を変えるとなるとな」
「いや、それは必要ないかと」
鹿茸を生薬として加工するには熱水処理して乾燥する工程が基本となる。乾燥した後に整形し、薄切りにして生薬として用いるのだ。
「薄切りにしてしまえば、元の形を判別することはできませぬ。生薬への加工は我らが行いますゆえ、献上の式典の際には善徳どのの見栄えのする鹿茸を用い、生薬として献上する際には厩戸どのの鹿茸を用いるのです。言わば、役割分担です」
だが、馬子の表情は相変わらず冴えない。
「それでは、厩戸どのに申し訳が立たぬのではないか」
「馬子どの」
馬子の言葉を聞いた司馬達等は、居住まいを正して問いかける。
「薬猟での厩戸皇子、馬子どのはどう見られましたか」
「ふむ、どう、とは?」
「失礼ながら捨て皇子と揶揄され侮られていた厩戸どのが、見るも見事な騎馬と猟犬を連れて現れたこと。穴穂部皇子どのの突然の乱行にも泰然とされていたこと」
「そして、数倍の薬効を持つ鹿茸か」
「さようです」
そういえば、薬猟出発前の馬子とのやり取りも実に見事なものであった。穴穂部皇子の言うような引きこもりの無能皇子とは到底思えない。どこかの勢力の後ろ盾があるかと疑ってはみたが、どうもそういうことではないらしい。
「ですから、鹿茸のことも全て承知のうえでのことかと」
「選ばれぬことが解っていながら、あの鹿茸を狩ったと申すか。さらに我らがその薬効を見抜き、生薬に加工することもお見通しと」
司馬達等は首肯する。
「おそらくは。されば、敢えて褒賞を受けるようなことは望まれておりますまい」
ううむ。と馬子は唸る。献上した鹿茸の薬効で敏達大王が回復すれば、蘇我氏の功績は多大なものと評価されるであろう。だが一方で、厩戸皇子に大きな借りを作ることにもなる。
「あの年齢で、あの境遇で、そこまでの能力を持つか」
「曰く、厩戸皇子は常人には見えぬものが見えるとも」
「くだらぬ噂と思っていたが、存外、的を射ておったか」
「もう一つ、気になることが」
「むう、まだあるのか」
「厩戸皇子の従者のことでございます」
「従者だと?」
言われてみれば、確かに宇陀野を去る厩戸皇子は従者を従えていた記憶がある。
厩戸皇子だけに留まらず、その従者にまで何かあるというのか。
「全く、厄介なことだ」
蘇我馬子は、うんざりとした表情でため息を吐いた。
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