駒競②
本日2話投稿の2話目です。
穴穂部皇子が黒駒に近づいていく。いよいよこの神馬が自分のものになるのだ。そう思うと、自然に笑みがこみあげてくる。
いやらしい笑みを浮かべて近づいてくる穴穂部を見て、黒駒は身震いした。耳を後ろにぴたりと伏せ、大きな鼻穴を膨らませて威嚇するような息を吐く。
構わず近づいてくる穴穂部を拒絶するように尻を向ける。右に動けば右に、左に動けば左へと、一向に近づけさせない。
「おい、厩戸よ、馬を押さえておかぬか。まったく気の利かぬ男よな」
業を煮やした穴穂部皇子が声を荒げ、厩戸は黙って手綱をとる。ようやく動かなくなった黒駒の横に立つと、穴穂部皇子は周囲の面々に向かって胸を張る。
「厩戸は誰も乗りこなせぬというが、果たしてその言が真か偽りか。今こそわれが確かめてやろう。皆の衆もとくと御覧じろ」
厩戸から乱暴に手綱を奪い取り、荒い動きで左足を鐙にかける。
勢いをつけて腰を浮かせたその瞬間。
ぐにゃり、と世界が歪んだ。
馬の背が、まるで別の生き物のように大きくうねった。
視界から馬の姿が消え、代わりに真っ青な空が飛びこんでくる。
しまった、と思ったその時には手綱はもう遥か彼方で、必死に何かをつかもうと伸ばした指先は宙をつかむのみ。あたりの音がすっと遠のき、自らの叫び声だけが妙に大きく頭に響いた。
ドスン。
背中から地面に叩きつけられる音が響き渡る。
誰一人として声を発することができなかった。
その場を支配する沈黙を破ったのは厩戸皇子だった。
地に倒れたまま茫然と空を見つめる穴穂部皇子に歩み寄り、ゆっくりと手を差し伸べる。
「大丈夫でありましょうか」
その声を聴くや飛び起きた穴穂部皇子の顔は羞恥と怒りで染まり、その右手は腰の柄を握っていた。
「おのれ、われを愚弄するか!」
鞘走る鯉口の金具が耳障りな悲鳴を上げる。
白刃が夕日を浴びてぎらりと閃いたその瞬間、一陣の風と共に黄金の光が煌めいた。
神剣天断。
割って入ったのは蘇我善徳であった。
穴穂部の狂剣を見事に受け止めていた。
「穴穂部皇子どの、お戯れが過ぎまする」
静かに微笑む善徳の言葉に我に返った穴穂部皇子は、慌ててその場から飛び退いた。
「無論、本気で切りかかるおつもりなどなかったと存じますが、万一のこともありますゆえ。無粋な真似をいたしました。お許しください」
そう言って頭を下げる善徳を穴穂部皇子は憎々しげに睨みつけていた。
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明日も2話投稿予定です。




