穴穂部皇子
本日2話投稿の2話目です。
さて、自らの命が風前の灯火であったことなど露知らぬ穴穂部皇子は、満面の笑みを浮かべて壇上に立っている。
「まことにめでたき席ではありますが」そう言うと、穴穂部皇子は一転して悲しげな表情をみせる。
「われは馬子どのに詫びねばならぬことがございます」
馬子も怪訝な表情で穴穂部皇子を見つめている。この皇子、いったい何を言い出すのか。不審げな馬子を尻目に穴穂部皇子は、壇上で熱弁をふるう。
「此度の薬猟、畏れ多くも病に伏された敏達大王へ薬効あらたかな鹿茸を献上することが目的と聞きました。ならば、大王家に連なるわれも参加すべきところ、今回は蘇我一族の加冠の儀の催事という趣旨、断念せざるを得ませんでした」
残念そうに首を振る穴穂部皇子。
「ですが」そう言うと、一転して厳しい表情を見せる。
「薬猟の参加者の中に、われと同じく大王の血をひくものがおりまする」
大げさにため息をついて馬子に顔を向ける。
「われが詫びねばならぬというのは、まさにこのことなのです、馬子どの」
一向に腑に落ちない表情の馬子。だが臆する様子もなく穴穂部皇子は話し続ける。
「大王家に連なる以上、参加者の誰よりも成果を上げねばならぬはず。ところが、ところがです。その者の狩った鹿茸の、なんとみすぼらしいことか」
穴穂部皇子は壇上に並べられた鹿茸に歩み寄り、その中の一つを指さした。
「厩戸よ。貴様の狩ったというこの鹿茸、他のどれと比べても見劣りがするわ。いったい、どういうつもりなのだ。馬や猟犬は立派だが、従者の一人も連れず、ん?いや、一人は連れておるのか、だが、見るからに非力な従者をわずかに一人」
「おい、厩戸、やはり殺そう」
剣呑な表情のアスラを必死に押しとどめる厩戸皇子。それに気付かない穴穂部皇子は、さらに言い募る。
「案の定、狩ってきたのはこの貧相な鹿茸。同じ大王家に連なる者としてわれは恥ずかしくてならぬわ。厩戸よ、貴様、このけじめ、どうつけるつもりなのだ」
そう言われてもアスラを止めるのに懸命な厩戸には答える術はもとより無かった。
「ふん、答えようもないか。では、われがお前の為すべきことを教えてやろう」
穴穂部皇子は厩戸の背後に立つ黒駒に目をやる。
「貴様の連れているその馬、貴様には過ぎた名馬と見える。せめてもの詫びの印としてこの場に置いて行け。貴様よりも遥かに相応しい者が主となる方が、その馬にとっても幸せであろう」
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