穴穂部皇子
本日3話目の投稿です。
同じ厩戸を見つめるもう一つの眼差しがある。それは決して好意的とは呼べぬものであった。
穴穂部皇子である。
厩戸の母、穴穂部間人皇女の同母弟、厩戸にとっては叔父にあたることになる。蘇我馬子の妹、小姉君の息子ということで、馬子にとっては甥という関係でもあり、蘇我屋敷には頻繁に訪れていた。
「馬子どの」
馬子が振り返ると、なにやら不満げな表情の穴穂部皇子が腕組みをしている。
「どうなさいました?」馬子が問うと、穴穂部皇子は鼻を鳴らして苦情を述べた。
「どうもこうも、なにゆえあのような引き籠りの能無しがこの場に居るのでしょう」
穴穂部皇子の指さす方を見ると、所在無げに壇上に立つ厩戸の姿があった。
ああ、またか、と馬子は心の中でため息をついた。穴穂部皇子が親子ほども年の違う厩戸を貶すのはこれが初めてではない。穴穂部皇子が厩戸を敵視するのには、彼なりの理由があったからだ。
今上大王である敏達大王は穴穂部皇子の異母兄であるが、現在は重い病に臥せっている。その敏達大王の後継者の呼び声が高く、おそらく次の大王となるであろう橘皇子もまた、穴穂部の異母兄である。
では、その次の大王は誰になるのか。
大王位の継承には二つの形式がある。兄弟間継承と、父子直系継承である。
兄弟間継承であれば、穴穂部皇子が唯一の候補であり、父子直系継承であれば、橘皇子の子である厩戸皇子や田目皇子がその候補となる。
大王位に強い意欲を持つ穴穂部にとって、厩戸はまことに目障りな存在だった。
それにしても、と馬子は思う。病弱な田目皇子や捨て皇子と揶揄される厩戸皇子に比べれば、穴穂部皇子が有利な立場にあることは自明であろう。必要以上に敵視することは、むしろ己の器の小ささを示すことになる。
この皇子は欲が強い。
だが、それは決して悪いことではないとも思う。行動原理が分かりやすいからだ。つまり、馬子にとって扱いやすい皇子ということになる。
馬子の血縁であることも併せて、仮に穴穂部皇子が大王位に就く未来があるならば、それは蘇我氏にとって歓迎すべき未来だといえるだろう。
「恐れながら厩戸どのも蘇我家と縁深き方でいらっしゃいます。お声がけせぬのも失礼かと思い、ご案内したところ、こころよく応じてくださいました。皇統に連なる厩戸どのにご参加いただき、此度の催しに一層の華やかさが添えられ、わが蘇我家にとってもまことに喜ばしいこととなりました。穴穂部どのにはなにかご不満でも?」
馬子に問われた穴穂部は、あわてて首を振る。
「い、いや、不満などと。そ、そういうことでありましたか。厩戸は催しに花を添えるための添え物という扱い、あくまでも蘇我一族の力を世に示すことこそが狙いであると」
穴穂部皇子の言葉に馬子は否定も肯定もせず、静かに微笑んでみせる。
本当にこの皇子はわかりやすい。
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