捨て皇子
本日2話目の投稿です。
「なんとまあ、豪勢なことではないか、司馬どのよ」
池辺氷田がそう言うのも無理はない。きらびやかな装束に身を包んだ蘇我氏の一族が勢ぞろいした有様は、朝廷にあって権勢ならびなき蘇我氏の栄華を余すことなく示していた。
この日、蘇我氏の屋敷の大広間では、今年数えの12歳となって元服し加冠の儀を迎える男児たちのお披露目の宴が執り行われていた。
蘇我氏の棟梁である馬子の嫡男、蘇我善徳を筆頭に、壇上に並ぶ親族姻族の男児10名ほどがこの宴の主役である。
「いまや蘇我どのの力は大王さえも凌ぐかもしれぬな」
「滅多なことをいうものではない」
能天気に顎髭をしごきながら放言する池辺氷田に、あきれて司馬達等が言った。
「何を言うか。我ら渡来人にとって、庇護者たる蘇我どのの一族が栄えることは、まことに喜ばしいことであろうよ」
朝廷の中にあって進歩派として知られる蘇我氏が渡来人を庇護し、支援していることは周知の事実であった。渡来人たちは、彼らの持つ大陸の知識や高い技術力で蘇我氏に仕えていたのだ。
だからといって、それを声高に唱えることは危険だと司馬達等は考えていた。
朝廷内には、それを快く思わない勢力も存在していたからだ。軍事を司る物部氏がその代表格である。
物部氏の棟梁である物部守屋と蘇我馬子の勢力は拮抗しており、事あるごとに対立していた。物部氏は蘇我氏が渡来人を重用し、その技術を独占していることを問題視しており、渡来人に対する風当たりは強かった。
その辺りの機微を池辺氷田は理解できない。気の良いこの男は根っからの武人であり、朝廷内の駆け引きなどには全くの無縁であった。
「どの男児も名家に連なるだけあって、しっかりとした面構えをしておるが、やはり善徳どのが頭一つ抜けておるのではないか」
池辺氷田の言葉に、広間にしつらえた壇上に並び立つ男児たちを見比べてみる。中央に仁王立ちし、辺りを睥睨する蘇我善徳には、体格が優れているのみならず、周囲を圧する気概の強さも確かに感じられた。
そうであるな、と言いかけた司馬達等だが、壇上の端に所在無げに立つ男児に気が付いた。
「氷田よ、珍しいお児が来ておる」
「うん?おお、捨て皇子ではないか」
「これ、無礼な物言いをするでない。厩戸どのとよばぬか」
厩戸の母、穴穂部皇女は蘇我氏の出自であった。その縁で厩戸も招かれていたのであろう。
「父君の橘皇子は次の大王の最有力候補ではあるが、子には恵まれぬと聞くぞ。嫡子の田目皇子は病弱、厩戸どのには幼き頃から良からぬ噂が多く、離れた屋敷に一人捨て置かれているらしい」
「その良からぬ噂とはどのようなものか、氷田は知っておるのか」
「詳しくは知らぬが、なにやら常人には見えぬものが見えるとか」
その噂の存在自体は司馬達等も知っていた。だが、その噂が真実であるかどうかまではわからない。
しかし、だ。
もし、真実であるならば、と司馬達等は考える。
常人には見えぬものが見える。異能の持ち主であるといえるだろう。
司馬達等は大陸由来の呪言師である。すなわち常人には感じられぬ霊的な存在との交感能力を持っている。
しかし、見えない。
霊的な存在を感じることはできても、見ることは叶わない。
壇上に静かにたたずむ厩戸の瞳には、いったい何が映っているのであろうか。
「厩戸どのとは、一度ゆっくりと話をしてみたいものだ」
腑に落ちぬ表情の氷田の傍らで、司馬達等は壇上の厩戸をじっと見つめていた。
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