降魔の神剣
本日3話投稿の1話目です。
「次は小僧、お前だ」
それまでアスラと厩戸のやり取りを茫然と眺めていた善徳だったが、突然の指名に顔を上げた。
「な、なんだ。俺も炎を繰れるようになるのか?」
「貴様には無理だな」
「な、何故だ。厩戸どのにはできて俺にはできぬというのか」
やれやれというように首を振ると、アスラは善徳の眼を覗き込んだ。
「うむ。やはり厩戸と小僧では魂と魄の形が違っている。別に小僧が劣っているというわけではないぞ。むしろ、厩戸の魂の器が普通ではないのだ。火界の理はそれを刻む魂をも焼き尽くそうとする。それに耐えることができなければ、自らも灰と化す。厩戸以外にそれを為した人間を俺は知らぬ。厩戸の魂が特異なものなのだ」
「なぜ厩戸どのだけが?」
「厩戸の魂の形はお前らの言う怪異や人外に近いものだ。何故そんなことになっているのかは俺にはわからんがな」
「それよりも小僧、お前のことだ」
アスラは善徳の全身を舐めるように見た。
「小僧、お前、剣を使うであろう?」
蘇我家の未来の棟梁として育てられた善徳は、幼い頃からある種の英才教育を施されてきた。学問だけではなく、礼儀作法、書道、武芸に至るまで、様々な分野で当代一流の教師から教えを受けてきたのだ。
中でも武芸、とりわけ剣の扱いについて、善徳は抜群の才を示した。齢十歳にして既に師を凌ぐほどの剣の冴えは、確かに異能と呼ぶべき域に達している。
「おう、確かに俺は剣の扱いに自信がある」
善徳は胸を張る。
「うむ。小僧の魂の形は常人とさほど変わるところがない。だが魄の形が並ではないな。それゆえの剣の才であろう」
陰陽五行説によれば、「魂」とは精神的・霊的なものを、「魄」とは肉体的・生命的なものを司る。優れた「魄」を持てば、人並外れた運動能力を獲得することができる。善徳はその「魄」の形が並ではないとアスラは言うのだ。
「良いか、小僧。厩戸が印を結んで実際に火界呪が発動するまでに二呼吸ほどの集中が必要だ。その間に夜叉が襲いかかれば、厩戸にはそれを防ぐ術はない」
「おお、その間、俺に厩戸どのを護れということか」
アスラは満足そうに頷いた。
「しかし、アスラよ、俺には剣がない。さすがに素手で戦うには荷が重いのだが」
「ふむ」
アスラはひとつ頷くと、目の前の何も存在しない空間に手を伸ばし、そこから何かを引き抜いた。するとアスラの手には、一振りの剣が握られていた。
刃渡りは善徳の身長ほどもあり、刀身は鏡のように研磨され、曇りひとつない。紅と蒼が絡み合う刃紋は獰猛な野獣の気配を秘めている。一振りすれば、その剣筋は重厚でありなが
ら無駄がなく、刃は一条の光と化して空を切り裂いた。
「見よ、これぞ降魔の神剣、ひとたび振るえば天の星座を断ち地の魔を祓う、名を天断という」
善徳はアスラの振るう神剣の輝きに圧倒され、呼吸すら忘れるほどに目を奪われた。
「なんと見事な」
ため息とともに独り言ちる善徳を満足げに見やると、アスラはその天断をこれも見事な鞘に収めた。
「どうだ。小僧、お前がこれを使いこなせるなら特別に貸し与えても良いぞ」
「おお!」
喜色満面で天断を受け取ると、自らの身長ほどもある刀身を一気に引き抜いた。手に伝わる完璧なバランス、柄が掌に吸い付くような感覚、まるで長年ともに戦ってきた相棒のように手に馴染む。
一振りする。
風を切る音はかすかな唸りを帯び、刀身が空中に弧を描く。まるで自らの腕の延長であるかのように、意志のままに動かせた。
「ほお、やるではないか」
いま一度、剣筋を確かめるように天断を振るうと、善徳は見事に刀身を鞘に収めた。
「よし。では、厩戸よ、火界呪をもって鬼どもが倒した夜叉を滅せよ。そして小僧、その間お前が厩戸を護るのだ」
「応!」
厩戸と善徳はアスラの結界から勢いよく飛び出し、夜叉の群れへと向かっていった。
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