蘇我善徳
本日、3話投稿の2話目です。
「今日は一日かけてこの地の調査を行うこととする」
そう宣言する善徳に、付き人たちは戸惑いの表情を見せた。
「若、それでは出遅れませぬか。ほかの者どもはそれぞれに狩りを始めているようですが」
「うむ、だが知らぬ土地でやみくもに動くのも下策であろう。急いてはことを仕損じるともいう。父からも、付き人たるおぬしたちを信じ、落ち着いて事に当たれといわれておる。蘇我でも指折りのおぬしたちの力を信じよと」
付き人たちから歓声があがる。
「馬子どのが、そのような言葉を。まことにありがたきことです。では、早速偵察して参りましょうぞ」
そう言うと、付き人たちは勇んで四方へと散っていった。
うむ、と満足げに頷くと、善徳は少し離れたところに立つ厩戸の様子を伺う。
見ると、連れている馬と犬になにやら話しかけているような様子。いったい何をしているのだ、あの捨て皇子は。ただでさえ付き人もおらぬというのに、完全に出遅れているではないか。馬や犬に話しかけたとて、鹿を追うことはできたとしても、捕らえることは出来まいに。
そんな善徳の思いも知らず、厩戸一行はしばらくその場を動く様子がなかった。
このままでは埒が明かぬ、いっそのこと声をかけてみようかと善徳が思い始めた頃、ようやく厩戸は動き始めた。
まるで散策でもしているような厩戸たち一行から気づかれぬ程度の間を空けて、善徳も馬を進めていく。
馬子の言うように厩戸を支える勢力があるならば、どこでどのように接触を図るのであろうか。宇陀野は雑草に覆われた平原であり、低木が散在しているものの、人を伏せるのに適しているとはいえない。
厩戸の様子も、目指す場所があるようには見えない。相変わらず馬や犬に何やら話しかけながら、のんびりと進んでいるようだ。
これは、父上の見込み違いかもしれぬな。仮に支える勢力があったとしても、この宇陀野の地で、これ以上厩戸に助力することはできまい。そんなことを考えながら進んでいると、三方を崖に囲まれたやや開けた場所に行き着いた。
厩戸は馬を放して腰を下ろすと、隣に寄り添う犬の背を撫でている。
優雅なものだな、と半ば呆れて見ていると、放した馬が戻ってきた。すると厩戸は立ち上がり、切り立った崖に向かって歩き始めた。
崖際で野営するつもりであろうか。やがて一方の崖の近くで立ち止まり、何やら馬に話しかけている。
その時だった。
厩戸の横に立つ黒馬と白犬の姿が突如として歪み始める。
体躯の中心から怪しげな光を発した瞬間、二匹の獣は見るからに兇悪な姿の鬼人へと変化した。
深紅の邪眼が輝き、剛毛に覆われた腕が厩戸に向かって伸びていく。
いかん!
考えるより先に体が動いた。
「厩戸どの!」
善徳は、放たれた矢のごとき勢いで、厩戸と鬼どもの間に飛び込んだ。
お読みいただきありがとうございます。感想、レビュー、ブクマなど、ぜひお願いいたします。作者の励みとなります。よろしくお願いいたします。




