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飛鳥異聞~日出処の天子と六道の覇王アスラ  作者: ダンケ
第1章:飛鳥擾乱

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蘇我屋敷

7/28 本日投稿分です。

「善徳どのはまだ戻らぬのか」

 蘇我馬子の屋敷では、重臣たちが善徳の帰りを待ちわびていた。

「で、どうなのだ。馬子さまのご容態は?」

 重臣の問いに、老医師が難しい表情で首を振る。

「予断を許さぬ状況が続いております」

 屋敷に集い額を寄せ合う重臣たちの表情は、どれも一様に暗い。


 そこへ、待ちわびた知らせが飛び込んできた。

「戻られました!善徳殿が戻られましたぞ!」

「おお!戻られたか!」

 沸き立つ重臣たちの待つ部屋へ、善徳たちが到着した。


「善徳どの。首尾は?」

「うむ。安心なされよ。で、父上の容態は?」

 老医師が危険な状況であることを説明する。

「わかった。父上のもとへ向かうぞ」

 善徳を先頭に、厩戸、刀自古、嶋、そしてアスラが後に続く。


 馬子の寝室の窓は閉ざされ、薬草を煎じた香りが重く漂っていた。病床の馬子の呼吸は浅く、熱に浮かされた額には汗が浮かんでいる。

 朝議で力強く論陣を張った姿は見る影もなく、肌は艶を失いやせ細っていた。


「父さま」

 刀自古が涙を浮かべ、馬子の手を握った。

「厩戸どの」

 善徳に促され、厩戸が馬子の横に立つ。何が始まるのかと重臣たちが見つめる中、両手をゆっくりと馬子の胸にかざした。


「大丈夫なのか?」

 不安げな表情の司馬達等に、嶋が確信に満ちた表情で頷きを返す。

「大丈夫。厩戸さまが必ず救ってくださいます」


 厩戸は深く息を吸い込み、静かに目を閉じる。

 祈るような声で聖炎呪を唱えた。

「オン アムリターグネ シュッダヤ スヴァーハ(甘露の聖炎よ、全てを浄めたまえ)」


 その瞬間、寝室の空気が一変した。

 まばゆい白金の炎が厩戸の掌から静かに立ち上がる。

 病室の誰もが息を呑んで見つめる中、炎は馬子の身体を優しく包み込んでいく。

 ビクッ。

 馬子の身体が痙攣する。

「父さま!」

 刀自古が悲鳴を上げて馬子に縋りつこうとするのをアスラが押しとどめた。

「まだだ。見よ!」

 すると馬子の全身から黒い瘴気のような影が浮き出し、炎に触れた途端に消えていく。

 次から次へと浮き出ては消えていく瘴気、そのたびごとに、聖炎は輝きを増していった。

 そしてひと際大きく聖炎が燃え上がり、馬子から浮き出す瘴気は完全に消え失せたのだった。


 額の汗をぬぐった厩戸が、嶋に声をかける。

「嶋どの。あとはお願いします」

 頷いた嶋が馬子の前に進、治癒の呪言を唱えた。

「生命の聖霊よ、慈しみの光を」

 嶋の手から淡い緑の光が発せられ、馬子の全身を包んでいく。

 やがて馬子の頬に、ゆっくりと血色が戻り始めた。


「父上!」

「父さま!」

 善徳と刀自古の呼びかけに、馬子はゆっくりと目を開いた。

 自分の周りの善徳や刀自古、そして重臣たちを見る目に次第に力が戻ってくる。

「心配をかけたようだな」

 その一言を聞いた瞬間、刀自古は大粒の涙をこぼし、善徳も微笑を浮かべた。

 嶋もほっとしたようにため息を吐くと、父の司馬達等と頷き合った。

 

 蘇我家の頭領、蘇我馬子が死の淵から生還したのだ。


「なんと!そのようなことが」

 善徳からアムリタを得るまでの顛末を聞いた馬子が驚きの声を上げた。

「しかも、その呪詛を行った徐福が物部と繋がっているというのか」

 善徳が深刻な表情で頷く。

「確かな証拠があるわけではありませぬ。ですが洞穴で鬼に変化したのは確かに物部家中の者であるようです」

 

「ううむ」

 確かな証拠があれば、物部を追い落とすことができる。

 だが、一つ間違えれば泥仕合になり、朝廷内での混乱が増すことにもなろう。

 苦しむ民のことを思えば、まずは疫病を滅することが先決か。

 そう思い定めた馬子は、同席する厩戸皇子に向き直った。


「厩戸どの。まずは敏達大王を疫病からお救いいただけぬか。そののち、まずは民を救うための策を奏上したいと存じます」


「承知しました」

 物部氏との政争よりも、まずは民を救うことを優先する。

 さすがは馬子どのと厩戸は感心した。


 厩戸の快諾に顔をほころばせた馬子は、ゆっくりと立ち上がる。

「では、早速、敏達大王との謁見を願い出るといたましょう」


「お待ちください!」

 そこへ一人の郎党が走りこんできた。

「何事だ、騒々しい!」

 眉を顰める馬子の前、息を切らした郎党の顔は真っ青だった。


「び、敏達大王が崩御されました!」


 敏達大王、崩御。

 その情報は瞬く間に飛鳥の都を駆け巡った。


お読みいただきありがとうございます。

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明日も1話投稿予定です。

よろしくお願いいたします。

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