聖炎呪
7/27 本日投稿分です。
アスラの掌に収まったアムリタは、神々しい光を放っていた。
「これが、アムリタ。お前に聖炎呪を授けるものだ」
アスラは厩戸の前に歩み寄る。
「これは八分割したアムリタのうちのひとつ、病のアムリタ。このアムリタに宿る生命の根源、霊力の一部を、お前の魂に取り込むことで、お前は聖炎呪を使えるようになるのだ」
「そんなことが可能なのですか?」
聖炎呪について初めて聞く嶋が、目を丸くしている。
「普通はできぬな。取り込む過程で魂が焼き切れる」
「そんな!」
思わず声を漏らした嶋だったが、厩戸に動揺する様子はなかった。
「だが、厩戸であれば可能であろうというのがおれの見立てだ。厩戸の魂の形は特殊だからな。火界の理を刻んでも耐えきった厩戸の魂であれば、五分の確率で取り込むことができよう」
「五分って」
嶋が絶句する。
「厩戸さまは、それで良いのですか?」
静かに微笑む厩戸の瞳には、揺るぎない決意の光が宿っている。
「われは、飛鳥の民を疫病から救うと誓ったのです。たとえ、命を懸けることになってもわれは逃げません。逃げることはできないのです」
「嶋よ。お前の治癒術であれば、たいていの病は癒せるであろう。だが、都で流行する疫病を治癒することは叶うまい」
アスラの言葉に嶋は悔しそうに頷いた。
「幾度も試してはみましたが、治癒することはできませんでした」
「それは、この疫病が瘟鬼の呪詛によるものだからだ。単なる病であれば癒せても、呪いを解除することは治癒術にはできない」
「聖炎呪なら、それが可能だと?」
「そうだ。聖炎呪の効果は治癒ではない。状態異常を解消する、というのがその効果なのだ。呪詛を受けた身体を正常な状態に戻す。そうすれば嶋の治癒術で治癒することが可能になろう」
そしてアスラは再び厩戸に向き直る。
「だが厩戸よ。アムリタの霊力を取り込むときの苦痛は、火界の理の比ではない。そして成功の確率は五分。最後にもう一度、お前の覚悟を問おう」
まっすぐに厩戸を見つめるアスラ。
「お願いします。われにアムリタの霊力を」
厩戸は静かに頷いた。
「では、始めよう。アハン・アスラハ!(我は阿修羅なり!)」
アスラの全身を光が包み、三面六臂の姿へと変わる。
正面の両腕でアムリタを支え、残りの腕を厩戸の身体に添える・
額。
胸。
左右の肩。
「良いか厩戸。決して抗うな。すべてを受け入れよ」
厩戸は頷いて、深く息を吸う。
アスラが呪文を紡ぎ始める。
低く重厚な響きが洞穴に満ちていく。
アムリタがゆっくりと脈動を始め、黄金の光がアスラの身体に流れ込む。
やがて、六本の腕から光が厩戸へと届くその瞬間。
「ぐっ!」
厩戸が呻き声を上げる。
と、全身から白金の炎が噴きあがった。
「耐えよ!」
アスラが叱咤する。
白金の炎はさらに勢いを増し、洞穴全体を白く照らしている。
「ぐううっ!」
厩戸の表情が苦悶に歪み、眼から血の涙が溢れ出す。
「厩戸どの!」
一歩踏み出す善徳をアスラが目で制する。
「近寄るな。いま近寄れば、アムリタの霊力に焼かれるぞ!」
刀自古や嶋、天燈鬼や龍燈鬼も、ただ立ち尽くし祈ることしかできない。
白金の炎はなお激しく燃え盛る。
その中心で厩戸は激痛に耐えながら、決して膝を折ることは無かった。
救うべき民のため。
飛鳥の未来のため。
その揺るぎない決意を胸に、人の身では決して受け入れること叶わぬと言われるアムリタの霊力と、正面から向き合っている。
仲間たちの見つめる中、次第にアムリタの脈動が落ち着いていく。
「うむ。よくやった。取り込みは成功だ」
アスラの声に、厩戸はついに力尽きて気を失った。
「厩戸どの!」
「厩戸さま!」
「厩戸!」
心配して駆け寄る仲間たち。
だが厩戸は、三面六臂の姿を解いたアスラの腕の中で、満足げな笑みを浮かべていたのだった。
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