第43話 フェルク・レスタム② 夜・『真打ち』登場
ドームへ攻め込んだ怪生物群との戦いに一区切りが付いた頃。
『オヒメサマ』達を見失い、スクープを掴めず仕舞いなサングラスの男は、ライブ会場の外をほっつき歩いていた。
ライブ映像を映す事に大した価値は無い。
何故ならば大手メディアがこぞって生中継しているから。
このような見解を持つからこそ、何も得られないままの終わりが近い状況に嫌気が差していた。
「ハァ〜〜〜……」
歩きながら大きな溜め息を吐く。
滞在期間を延長出来るだけの諸費用は高く付く。3人の手持ちを合わせたところで払える訳が無いが、スクープを1つも得られず逃げ帰ったなど上司が許す筈も無い。
時間が経てば経つほど憂鬱感が伸し掛かり、足取りを重くさせる。
憂鬱なのは、何もサングラスの男だけでなく。彼の背後の取り巻き2人もだった。
「さっきから、止めてくださいよ。何度も何度も溜め息吐かれたらこっちも憂鬱になります……」
「このまンま収穫無しじゃァもっと憂鬱になっちまうぞ?」
「今からでもバカンスって事に出来ないっすかね」
「ンな事あの上司が許すわきゃねェだろ……」
金が動く事に厳しい人物故に、命令に逆らった場合にどうなるかなど想像に難くない。
スクープが何処かに転がっていないか、などと非現実的な願望に縋りつきつつあったその時。
サングラスの男は、偶然見た外の光景に釘付けになる。
突然足を止めた為に、付いてきていた小太りの男と小柄の男が彼の背に次々ぶつかった。
「ちょ、ちょっと。急に足止めないでくださいよ…」
「な、なァ。あれ。幻じゃねェよな?」
「何ですか突然……ってあれ、あんなに青かったっけ……?」
リーダーであるサングラスの男に促されるまま視線を彼と同じ方向に向ける2人も気が付いた。
ドーム周域の空が青く染まっている。夜空に上乗せされるグラデーションは深海の様子にすら思えてくる。
それでいて、オーロラのように青は揺らめいていた。
何者かが大規模の魔法を行使している。そうでも無ければ説明の付かない現象を目にして、小太りの男は持っていたカメラを構えた。
仲間の咄嗟の判断に、他の2人が驚いた顔をする。一方でカメラ担当は首を傾げた。
「? スクープ、取るんじゃないんで?」
この言葉に、驚愕は納得に変わる。
「い、いや。でかした。――そうだな、スクープだ。…他に撮ってる奴、居るか?」
「…いえ、いません」
「っつう事は見れてンの俺達だけかァ? ははッ、大手メディア様もヤキが回ったモンだなァ!」
ライブ映像は現地の熱狂ぶりが伝わる程の最高画質且つ最高音質であるからこそ、生配信に価値がある。
当然、弱小メディアの用意した機材では大企業の資金力に敵う訳が無い。故に、ライブ映像は最初から諦めていた。
だが、それでも撮れるのだ。誰も注目していなかった要素は。
カメラはライブ中継を開始する。この間にサングラスの男の目はギラつきを増した。
「俺達『タテガミTV』の調査能力、舐めんじゃねェぞ…!」
「…と言っても、偶然でしたけどね……」
「うるせェ、撮れりゃ良いンだよ! スクープなンてモンは! ――これだよこれ、俺が撮りたかったのは!」
そして、カメラの前へサングラスの男は飛び出てきた。
「よォ、映像見てる飢えた奴ら! よォく見てろよ、この音楽祭で起こる奇跡を見せてやるよ…!」
舞い上がったテンションは光景からの感動から来ている。
例え、この興奮を邪推されようとも。今の彼らは気にも留めない。
――何故ならば、そういった邪な気持ちは消え失せていたから。
「……」
ライブ会場。たった今39組目の番が終わり、間もなく時刻は22時を迎える。
客席に戻った結華とジン。だが、ジンの方は浮かない顔をしていた。
義妹が問いかけるより先に、彼の口は開いた。
「つまんなさそうな顔してるってか? まァ、そうかもな」
「でも、ここにいる人たちをすくえた」
「あァ。あの場での最善だった。…力不足だったんだよ。これは認めるしかねェ」
そこに感情の強制が含まれなければ割り切れたかもしれない。
ジンは暗にそう言っていた。続いて、少しばかり立ち直った彼の目はライブ会場の中心を見る。
使用機材等の取り替え作業や照明や音響器具の調整は無人且つ魔法で行われる。
既に何度か見た光景ではあれど、今の時間が一番印象的である。
次にパフォーマンスを行うのは、2日目夜の部20組目にして最後を担う『ラ・ダ・リーシェ』。
このイベントの真打ちとさえ形容される、覆面の7ピースバンド。
各種作業が整い、ようやくインターバルが終わる。他のアーティストと所要時間は大して変わらない筈だが、この時だけはとても長く感じた。
そして、全身を覆う装いが出てきた時。割れんばかりの拍手と歓声がそれらを出迎える。
「…来たか」
イベント最大級の大熱狂。取り替えた調整用イヤホンで聞き流しつつ、ジンは覆面集団の姿を目に焼き付けようとする。
集団の最初に姿を現したのは、軽やかな足取りで進み出る双子の装い。
ピンクゴールドとホワイトゴールドの踊り子は手足を巧みに扱う息の合った立ち回りで観客達を魅了する。
ピンクゴールドの方を蠱惑たる双子・耀姫。
ホワイトゴールドの方を晶娘と呼ぶ。
目元の覆い隠された、動かない筈の口元は笑っているかのようだった。
続いて、彼女達に導かれるままに姿を現すのは2つの巨体。
だが、体格も外見も対極的で。片や岩肌のような黒茶の風貌で異様に太く大きく、片や蒼い流線型のようで異様に細長かった。
太く大きい側がその肉体を強調し。細長い側は頭部より伸びるケーブルの数々を揺らしながら、静かに腕を組み僅かに頷く。
それぞれを益荒宿りし岩魔と、虚妄無き冥妖と呼んだ。
続いて、木製人形のような風貌の者が躍り出て、奥で控えるもう2人を案内する。
恭順せし傀儡という名の存在は自己主張を控えめに、ある程度2人を先導した後、彼らの後へ回る。
そして、最後の2人が姿を現す。彼らを一目見た観客席の熱狂が更に増した。
静かに佇む白銀且つ、剥き出しの歯車が点在する貴き存在の装いの人型こそ掻き乱す技師。
小さく手を振りながら右へ左へファンサービスする、日食の太陽に似た頭部を有する、黒金の統治者こそ真摯なる黒陽。
容姿も外見も統一性の無い奇妙な7人衆のリーダー格だった。黒陽はステージ中央に用意されたマイクまで進み出て喋りだす。
「やぁ、みんな! 昨日から長い間大変だったね! 楽しめたかい?」
通りの良い爽やかな男の声へ、老若男女問わずが一斉に答える。
耳などその被り物に無い筈だが、聞き耳を立てるジェスチャーでその返答を聞いた。
「――そうか、良かった! 『フェルク・レスタム』は僕達『ラ・ダ・リーシェ』の番で最後になるけど、最後まで楽しんでいって欲しいな! それでは聞いてくれ、夜中の定番『パルベンシャンス・ドリーム』!」
黒陽が大袈裟気味の身振り手振りでMCをしている間に、他のメンバー全員が自分の配置についていた。
彼自身もまたセットアップ済みのエレキギターを持ち上げる。高貴な黒金で彩られているそれは特別な品である事を主張する。
ドラム担当――岩魔の4カウントを合図にスタートする生演奏。メイン担当の黒陽とサブ担当の冥妖を主役に据える旋律が奏でられ。
この始まりだけでも観客席を圧倒する衝撃が伝わった。結華とジンも例外では無い。
凄まじい風圧のようなものを感じたジンは、背もたれに押し付けられたようにしながら呟く。
「驚いたぜ…。イントロでこれ、とは――」
調整用のイヤホンが壊れているんじゃねェか、とも思ったが。
そんな事は無く。ただ単に『ラ・ダ・リーシェ』のパフォーマンスが凄まじいのである。
彼らの魔法は始まったばかり。それを、激しく主張していた。




