第42話 フェルク・レスタム② 夜・『力』なるもの
「予定より少し早いなぁ。どうなってるんだ?」
「万が一の保険を兼ねて、彼らが協力を申し出たのですよ。――リハーサルという形でね」
ボードを巧みに操りゼンタロウはジョシュに合流する。
イヤホン越しでも確かに聞こえる独特の音色を耳にしつつ、彼らは少しだけリズムに乗った。
怪生物の大群を触れた者から順に消滅させていく音色。これはやがてドーム全体を包み込む青色のオーラを生み出した。
夜景に沿った色合いの輝き。警備隊に促されるまま、結華もジンもドーム近辺へ近付いた。
「この光は…」
「おだやかな海。波の音。…とっても、いいひびき……」
宥めさせる温かな感覚を感じる。心地の良い音色は希望を授けた。
半壊していた巨大怪生物は超常現象を目にして立ち止まろうとするが。
既に大群を構成する一部と化していた為に、後から続く怪生物達の奔流に押し流される。
最早ドームに近付いては自滅していくのを止められない。
厄介な性質を備えていた巨大怪生物は呆気の無い最期を遂げた。
「こんなあっさり倒せちまうのか…」
「でも、22時まで耐えるのが役目だった筈です。…まだ、終わってないのでは……」
時刻はまだ21時40分を迎えたばかり。ドーム近辺に集まった警備隊は外の方を見る。
見れば、『べモン・ベルス』が夥しい数で集っている。
怪生物のみに影響を及ぼす消滅光を放つ旋律を見て流石に学習したらしく。
新たに出現した個体群は敢えて静止を選んでいた。
見れば、同型を倒したばかりのパイプオルガン型も複数体出現している。
その付近にトランペット型もちらほらと見受けられる。
だが、先と違ってバレルドームへは近づかず。何もしないまま留まる事を選んでいた。
このまま睨み合いが続く……という事は無かった。
「どういう訳かな。……さっき感じた恐怖を感じねぇな」
「俺もだ。さっきの倍近くは居るだろうに、何でだろうな?」
警備隊の面々が言うように。希望を授けられた一同に恐怖は無い。
結華もジンも、先程感じていた焦燥感と必死さがいつの間にか消え失せていた。
今抱く安心感は本心から来るものでは無い。目の前の夜景を埋め尽くす程の大群を注視したところでオーラから生じる魔力に不安なる感情は掻き消される。
気味が悪い程の状況。だが、これだけの現象を引き起こせる強い力が働いているのは確かだ。
僅かに滲んだ目はせめてもの抵抗か。ジンは口を震わせながら言った。
「ズリィなァ…こんなの……」
側に居た結華が拳を震わせる、彼の後ろ姿を見る。
これに頼らざるを得ない、己のちっぽけさを呪っているかのような、彼の様子を目の当たりにするが。
何も掛ける言葉は出なかった。
「凄ェからこそ、何もかも思い通りになるってのかよ……」
今起こっている現象は、事前練習に因るものに過ぎない。
つまり、ここから更に大きな変化が巻き起こる。
業を煮やしたかドラム型を始めとする、遠隔攻撃の可能な怪生物群が魔法弾での一斉攻撃を開始した。
したが、徐々に大きくなっていく青いオーラが広がり、ドーム近辺の警備隊へ届く事無く掻き消された。
警備隊はこの間に隊長格が集まって今後についてを話し合う。
激しい抵抗をしていた姿は何処へやら。警備隊の誰もが迎撃に向かわず、中には談笑に耽る者も現れ始めた。
そんな一仕事終えたような様子を見せる彼らに、合流すべく上昇してくる者達が。
「おーい!」
「――ん、あぁ、お前ら! 無事だったのか!」
「バケモンにどつかれたが、何とかな。音が聞こえたと思ったら衝撃やら痛みやらを和らげてくれたんだ」
先程怪生物の突進を受け、大きく弾き飛ばされた隊員全員が合流した。
彼らの装備の損傷も怪我も軽微らしく、平然とした様子を見せている。
「しかし、スゲェなぁ。音楽が加わるとこんなに強い力を制御出来るのか」
「ドームの魔力集積システムによるものだって言うぜ。まだイベントが終わってないからもうちょっと溜まるんだと」
「そんで今リハーサルしてる…『ラ・ダ・リーシェ』ってのか。そいつらがこの魔力を使うんだとか。――何が起こるんだろうな…」
「分からないですけど、きっと奇跡が起こりますよ」
「かもね。――そんな予感がする」
警備隊が会話を弾ませる中、ジンはボードに乗りながら項垂れる。
結華が丸まった彼の背中に手を伸ばそうとした時、ゼンタロウが近づき彼女より先に背中を叩いた。
「お疲れ様。君達、戻っていいよ」
「もういいの?」
「うん。これ以上長引くと悪いから、ね?」
「……」
ジンは少しの間沈黙を貫いたが、やがて顔を上げる。
例え腑に落ちないのを露わにしていても。今は引き下がる事を選んだ。
「お疲れ様、でした」
「…うん。残り短いけど、楽しんでおいでよ。お祭り」
手を振るゼンタロウに見送られながら結華とジンは外階段へ戻る。
縞鋼板に降りた後、無人となったボードは8番隊の元へ引き返したのだった。
「!」
携帯貝殻が振動と共に鳴る。スピーカーに因る大音量の流れる中、ロギィは鱗を回収しつつ電話に出た。
「もしもし?」
『――ロギィさん、タルチさん、ユドゥさん。もうすぐ『ラ・ダ・リーシェ』の番になります。お戻り下さい』
「外はもう心配無いのね?」
『はい。彼らのリハーサルによる魔力効果だけで十分と、警備隊も判断したようですので』
「分かったわ。タルチ! ユドゥ! 戻るわよ!」
ヨウヘイとの電話を切りつつ、他の『オヒメサマ』に撤収命令を下す。
ハンマーを回収し『ゲート』に仕舞い込むタルチと、遠方にあるハゼ型物体に手を振ってから振り向いたユドゥがロギィの元に集う。
「もう良いっテェ?」
「そうよ。タルチ、早く『ゲート』出して! 『ラ・ダ・リーシェ』のライブ始まっちゃう!」
「ま、待って、揺らさないでぇ。早く出すから……」
体を揺らされて危うくホットスナックを落としかけたタルチが新たな『ゲート』を開き、その中へ3人は飛び込む。
ドームの頂上から『オヒメサマ』の姿は消え、スピーカーが流すライブ演奏とリハーサルの音だけが残った。
一方、高層ビルの頂上にて。
「……」
銃を上げ、立ち上がった蓮音は沈黙する。
彼女自身は黙していても、彼女に宿るもう1つの魂が口を借りる。
「消極的になったナ、奴ラ。余程あの強い魔力が効いたらしいナ」
数秒怪生物の様子を見たところで、蓮音は返答する。
「……そのようですね。ああなればもう心配無いでしょうか」
変身を維持するのも十分と判断し、元に戻る為の呪文を唱えようとしたその時。
彼女の背後より、渦を巻く空間歪曲が発生した。
しかし、蓮音は動じない。その現象は既に見慣れたものだったから。
「…迎えに来たんですね、遠路はるばる」
渦の中から少しずつ生物の体が出てくる。杖を突きながら進み出るのは外套を纏う、甲殻類に似た肉体。
濃灰の色合いを宿すその体は多腕を持ちながらにして二足歩行だった。
膨らむ胴体から上までに生やしている無数の突起の中には、悪魔の角が混じる。
深海生物と悪魔が混ざったその姿には確かな年季があり。突起の先にある1対の目が蓮音を見る。
「探したぞ、レンネ=ナナオ。いや、今はネルベノゥルレネーと呼ぶべきか」
年老いた男の声に僅かなノイズが混ざる。それでも流暢である地上言語を聞きつつ、蓮音は甲殻類の男と対面する。
「まさか直接出向いて下さるとは……『魔深界』の重鎮であるあなたが」
「既に現役を退いた身だ。我の事は良い、奴らの攻撃がより激しくなった。戻って来い」
「!」
蓮音の反応を尻目に、甲殻類の男は遠方を見た。
「…こちらにも奴らが来ていたか。だが、もう要らぬ心配のようだな」
「――ええ、はい。後は現地に居る人達が対処してくれるかと」
「それに、同胞の反応を感じる。かなりの世話焼きが居るようだな」
「『深魔族』が居るって事ですか!? …それなら、ますます長居する理由が無いですね」
蓮音の感知能力ではそこまで見抜けなかったが、甲殻類の男はいとも容易く見抜いてみせている。
こうした魔力に関する能力の高さが、甲殻類の男を裏側世界の重鎮たらしめた。
空間上の渦を維持しつつ、男は身振りで中に入るのを促す。
それから、先んじて渦の中に戻るのだった。
蓮音も変身を維持したまま渦へと数歩進んだところで、彼女は振り向く。
彼女の感知能力でも、分かった事がある。離れ離れになってしまっていた義妹がドーム付近に居た事を。
「結華ちゃん……」
だが、『魔深界』の事も気がかりである。
天秤に掛けた結果、甲殻類の男に付いて行く事を選び、彼女の背中は渦に入り込んで消える。
渦そのものも小さくなって消えたのは、その直後の事だった。




