第41話 フェルク・レスタム② 夜・来る『タイムリミット』
ゼンタロウは睨みつつ巨大怪生物の両手を見る。
攻撃にも防御にも使っていない状況であっても手は忙しなく動いている。
軽く指を曲げてはまた真っ直ぐに戻す、ゲームの待機モーションにも見えるその動きでは、穴の中から怪生物が転げ落ちてくる気配は無い。
数秒確認した後、穴から増援を出してくるのには条件があると判断する。
「手が動いただけでは何も起きない。先の行動2つには共通点がある。――衝撃か」
呟きながらも考えを纏め。彼の手は通信機を取った。
「皆さん、あの巨大怪生物は強い衝撃を与える事で増援を出すみたいです。破壊出来るかどうかはまだ判別出来ませんので手の動きに気を付けて」
伝達事項を伝えつつ、彼の目はパイプオルガン型が有する手の穴の経――大体の長さを目視で測る。
彼はこの穴を塞げる可能性を連想した。
「――それと、もし暴徒鎮圧用封魔弾を持っている人が居ましたら、穴を塞ぐ為協力願います」
対策マニュアル通りに対処可能な存在とも限らない。だからこそ出来る限りの手を尽くす。
『べモン・ベルス』が何故怪生物とも呼称されるのかを思い返しつつ、ゼンタロウは部下を含める警備隊の面々へと命令するのだった。
同時に、パイプオルガン型の拳が彼目掛けて飛んでくる。軌道上に数多の粒を撒き散らしながら。
「指揮官と分かった途端攻撃か。いい度胸だ」
ゼンタロウは速やかに回避する。それと同時に、所持していた筒状の武器を巨大な拳に向け発砲する。
空間を歪ませる特殊な球体弾が膨張しながら真っ直ぐ飛んでいくと、この弾に触れた拳は極端に遅くなった。
その間に撒き散らされた個体を殲滅した部下達が合流し、拳銃を模した武器を一斉に構える。
これらより飛び出したクリーム色の弾丸が暴徒鎮圧用封魔弾であり。歪んだ空間内へ入り込んでいく。
拳が受けている鈍化現象の影響を受けず、一定の速度で命中すると同時に弾が砕けて粘液の塊へと変化する。
クリーム色の粘液が纏わりついた事で、右手側の穴は完全に塞がった。
「集団での魔法戦には慣れてるんで、まあこんなものです」
巨大怪生物の片手は時間の進みの遅くなった空間へ入り込んだまま、動けなくなり。
脅威が実質的に半減した事に警備隊の一同が唸った。
残りはもう片方と、本体。振り向いた先に居る巨大怪生物は、途端に吼えた。
その大柄故に大声を上げているのだろうが、イヤホンの遮断効果によって警備隊とジン達は影響を受けない。
「後はもう片方――しかし、そう上手くいくやら」
巨大怪生物は左手を忙しなく振り回す。その動きの勢いによって穴から粒が大量に出てくる。
そんな状況で更に手を振ればどうなるか。誰もが簡単に予想出来た。
「あいつ、粒になってるのを飛ばす気か!」
「単純な質量攻撃! でも厄介だぜ…!」
団扇のように往復する手に弾かれて射出される、狙いを定めていない拡散弾。
その軌道すら不規則であり、見てから防ぐのは非常に困難を極めた。
咄嗟に構えた大盾や防御結界が間に合えば良いが、間に合わなかった者達がサイズ変化した怪生物をぶつけられ脱落していく。
「お兄ちゃん!」
「こういう時は固まれ! 大人数で凌ぐんだッ!」
先程結華を援護した隊員達と一箇所に集まり、飛んでくる怪生物の数々を大盾や大鉄塊、ジンの握り振り回す骨で弾いて勢いを弱め。
そこを結華達の魔法弾で撃破していく。だが、巨大怪生物の猛攻は止む気配が無い。
戦闘の長期化に伴い、動けば動くほど徐々に疲労が蓄積されていく。
「今は持ち堪えられてるが中々キツいぜ…! どうする!?」
「もう少し耐えてくれ…! 援護が来る筈だ……!」
ジンの予想通り、後方からの援護は直ちに来た。
拡散レーザーは次々と迫る圧縮怪生物の数々を撃ち落とし、この上で巨大怪生物へと攻撃する。
一箇所へと狙いを定めたレーザーの束を、これを視認した巨大怪生物は手のひらで防ぐ。
防がれたが、レーザーの収束する一点が徐々に赤熱していく。パイプオルガンの鍵盤が次々と押下されたその時。
巨大怪生物の背後へと蒼い軌道の数々が突き刺さる。この威力に押された本体が手と密着する。
そこへハゼ型物体が急速に泳いで近付く。次の瞬間には海藻の触手を大きく伸ばして手と本体を縛り付けた。
そして、巨大怪生物の上へハンマーが落下する。
空中で独りでに1回転し、打撃部分を強く叩きつける。これによって手の側へと強く押し込まれた巨大怪生物の本体が少し潰れた。
巨大な手もまたレーザーの収束地点が脆くなっていた為に大きな亀裂が走る。
同時に、零れ落ちる粒も止んだ。状況が好転した事により耐え凌いでいた布陣を解く。
「す、すげぇ……」
あまりにも鮮やかで、速やかな対処。隊員の1人が感嘆の声を漏らした。
これでも、接触部の潰れた巨大怪生物への追撃は終わらない。
ハゼ型物体の表面に電流が走り出すと、放電を開始した。
この電気が巻き付く海藻を伝って、巨大な手と手を有するパイプオルガン型の本体へと電気を浴びせる。
電流は次第に強まっていき、巨大怪生物を破砕せんとする。
同時に締め付けを強め、圧壊をも目論んだ。
だが、この威力を受けて尚、巨大怪生物は撃破出来ない。
巻き付く海藻を徐々に押し戻すと、やがて引き千切った。
電流を、叩き込まれたハンマーを弾き飛ばし、咆哮する。
今度は突風も起こった為に、警備隊もジン達も防御姿勢を取った。
「な、何だ!」
巨大怪生物は数秒の間叫ぶとその後に、本体と密着した巨大な手を、鍵盤を歯に見立て噛み砕く。
咀嚼し、やがて取り込むと突進を開始した。
しながら、未だに動きの鈍いもう片方の手と追突しそれすらも取り込む。
そして、向かうはバレルドーム。
「大型が向かっていく!」
「何としても止めろぉ! ――――うわっ!」
巨大怪生物に続いて怪生物の大群がバレルドームへ一直線に向かっていく。
止めようと隊員の何人かが向かおうとして、彼らの背後より迫ってきた楽器を模した大群が体当たりでこれを阻んだ。
中には動きの速いトランペット型も混ざっている。ドーム側にしろ高層ビル側にしろ、先頭を削りトランペット型の対処で手一杯となった。
「いつの間にこんな大群が!?」
「出てくるのを止められないが、何体だって出して良いんだ……! あの大型はトリガーだったのか!」
何としてでも『フェルク・レスタム』を壊そうとする、悪意に満ちた意思。
これが簡単に飽和の起こせる程の勢力となってバレルドームへ雪崩込もうとしている。
巨大怪生物を倒してはい終わり、という訳は無い。
巨大怪生物すら、『べモン・ベルス』の尖兵に過ぎないのだ。
更にはまだ発生源となる空間の罅割れすら発見出来ていない。
この事実が、警備隊達へと重く伸し掛かった。
絶望が防衛勢力を呑み込もうとした、その時。
「あきらめ、ないで!!」
少女が叫び、魔法弾を連射する必死の抵抗で大群の一部を削っていく。
「そうだ、まだ終わっちゃいないッ!」
少年が呼応し、手に持った骨を投げ飛ばす。
飛んでいった骨が怪生物を次々巻き込んで撃破していった。
「おまつり、守るって、きめたから!」
「戦ってくれ! 会場に居る人達を守る為にも!!」
少年少女の必死の叫びに、大人達がハッとさせられる。
彼らの勇気ある行動に、場を支配しかけていた絶望は吹き飛んだ。
「…そうだな、ボーイ! やるだけやってみる価値はあるぜ!」
「『フェルク・レスタム』を台無しにした、なんて末代までの恥になります…!」
「まだドームの防衛機能が残っています。先回りしましょう、それに――――」
ジョシュはふと左腕の腕時計を見つめる。時刻は21時半を過ぎていた。
これを見て、あまり感情的にならない彼の顔にも思わず微笑みが浮かんだ。
「――真打ちも来ますので」
大群の先頭集団がドームを覆う結界に次々衝突する。
押し合いの末に結界は瓦解する。そこから更に先へ進もうとした瞬間だった。
『――――――――』
水の流れるような、優しげな音色が聞こえた途端。
先頭集団はドームに最も近い部位から粒子化して消えていく。この場に相応しく無い者を拒絶するように。
突如として発生した現象は怪生物を次々と呑み込んでいき、ドームへの被害を最小限に留める。
何が起きたか。音が聞こえた。
音は、音楽だった。
この音楽こそ、『フェルク・レスタム』の進行を続けさせた理由。
「『ラ・ダ・リーシェ』……」
ジンがあまりの状況に唖然とする中、結華は音楽を演奏する集団の名前を言い当てた。




