第40話 フェルク・レスタム② 夜・迫る『猛威』
時刻は間もなく21時を迎える。次第に深まっていく夜ではあれど喧騒は止む気配を見せない。
ほぼ無限に湧き出て祭りを台無しにせんとする勢力と、それを阻む人間を中心とした多種族混合のドーム防衛勢力。
しかして、人間達は知らない。自分達に加勢する勢力のごく一部が、異世界から来た異種族であると。
正体を知らずとも、トランペット型を砕いて放り捨てる空間転移のハンマーと、時折飛んでくる屈折した拡散レーザーと、海藻の触手で怪生物を投げ飛ばすハゼ型物体は心強い味方である事に変わりなかった。
これとは別に、蒼い軌道の数々も人間達の援護を行っている。誰の心当たりも無いままに。
だが、ボードの動きに追随するDJシステムを操る結華だけは、これが齎す結晶化について懐かしい感覚を覚えていた。
とても見覚えのある現象。此処とは別の世界に居た時の記憶が蘇る。
彼女の口は、無自覚にその正体を言い当てた。
「…お姉ちゃん」
言葉にして彼女は頭でも理解する。蓮音がこの世界の何処か――それもこの島に居る事を。
意思が揺らぎかける。戦線を離脱して探しに行けば会えるかもしれない。
しれないが、それを義姉が望むのか。僅かな時間で考えた後、留まる事を選んだ。
「今じゃなくても、きっと。また会えるよね」
恋しさからこみ上げた涙を拭い去る。紫のスライムと混じったそれは速やかに見えなくなった。
明確な優先順位を付けたという意思を、行動で示す。
飛ばしていく稲妻弾と衛星付きの球体弾による弾幕の濃度がこれを物語っていた。
DJシステムより撃ち出されるそれらは追尾軌道を描き、接触した怪生物を反撃の暇すら与えず各個撃破していく。
大幅な成長を遂げた義妹の実力を改めて目の当たりにし、ジンは思わず唸る。
「派手にやるなァ。これこそ音楽の力って奴か…!」
装着中のイヤホンの影響で殆ど遮断されているが、怪生物への効果は動きが更に鈍くなる様子が証明していた。
遅くなったところへ魔法弾が命中し、これの直撃だけで怪生物の肉体は次々爆散していく。
飛び入り参加――それも1時間以上後から――であれど『べモン・ベルス』の撃墜スコアを結華は大幅に稼いでいった。
そうなれば。ドームへの接近よりも結華への狙いが集中するのは必然の流れだった。
ドラム型が、シンバル型が、バイオリン型が次々少女へ攻撃を仕掛けていく。
混戦の状況下で攻撃が一極集中すればどうなるか。敵の狙いが分かった者達が加勢に入るのも必然の流れであり。
「やらせるかよ!」
8番隊の隊員が3人、結華の前へと飛び出し。
ドラム型の魔法弾の数々を両腕にそれぞれ備える大きな鉄の塊で弾き、霧散させ。
両側から迫るシンバルを両の機関銃で撃ち抜き、落としていき。
胴部分を鈍器代わりに振り下ろすバイオリン型を紫の光を走らせるチェーンソーで両断し、爆散させた。
残ったドラム型怪生物も蜂の巣となり、あえなく花火の一部と化した。
しかし、油断はしていられない。ドームへ突撃を仕掛けていたトランペット型も軌道を変え、結華へと迫ってきていたからだ。
タイミングを見計らったジンが、今度は彼らの前へ出る。
ボードを強く蹴り、空中へ飛び出したところで片手で握っていた骨を握り直す。
「――らァ!!」
相変わらず、軌道に追随し噴き上がる灰色の炎には気付かない。
だが、確かに感じた手応えと共に、振り下ろしの結果はひしゃげた金管楽器が示していた。
強烈な衝撃を上から受けたトランペット型は勢いを削がれつつ回転しながら墜落していく。
やがて、地上50m辺りで爆散し花火を放った。自由落下を始めたジンの体は数秒経たずして無人のボードが拾い上げる。
姿勢のバランスを調整する少年へ、1人の隊員が近寄った。
「やるねぇ。自慢の一品かい? それ」
気さく且つ素直な評価に対し、骨の事なのか、と再び握り直した品を示す。
無言の頷きを得られた事で、ジンは微笑みながら答えた。
「えェ。まァ、そんなところです」
和んだ束の間、彼らは戦況を見直す。
強力な後方支援もあって、警備隊側の優勢は揺るぎないものへとなりつつある。
だが、未だに怪生物の発生源が何処にあるのかを突き止められていない。故に、この優勢が覆される事態が起こらないとも限らない。
22時になるまで1時間を切り――今は14組目の番――、時間的にも戦力的にも余裕が生じてきたからこそ、気を引き締めなくてはならない。
そんな状況下で、罅割れの在り処を探っていた7番隊よりイヤホンを装着していた全隊へ通信がかかる。
『2時の方向、強力な魔力反応を確認! 各員、警戒してください!』
警備隊と同様にジンと結華も身構える。視線の先に、夜闇の中であれども確かに見える違和感があった。
灰色の粘体が、一箇所へと集中していく。それは周囲に居た怪生物さえも引き込んで吸収し、膨張を続ける。
「猛烈に嫌な予感がするぜ…! 手の空いてる奴! あのバカでかいのを狙え!!」
8番隊の1人による、通信機越しの怒号の直後。距離を取りながらの集中砲火が膨らむ粘体へと命中する。
様々な箇所からの直撃を同時に受けても、粘体の膨張と怪生物の吸収は止まる気配が無い。
ならば、と数秒経過の様子を結果と見做し、集中砲火の狙いは粘体が吸収しようとする怪生物の数々へ切り替わる。
予想通り、爆散し花火となった怪生物までは取り込めないらしく。
吸収されかけた怪生物すらも撃破する事で、粘体への妨害になった。
だが、既に焼け石に水であった。
粘体はある程度膨張をしたところで止まり、やがて粘体を弾き飛ばす。
その行動は表面の余分な物を取り除く為であり。
弾け飛んだその下には、完成形が備わっていた。
「な、なんだありゃ……」
膨張し続ける粘体を第1形態と表するならば、即ち今は第2形態。
姿を現した巨体を視認した隊員の何人かが唖然とする。
それは、歪なパイプオルガンであった。
劇場に備えられる雰囲気作りの為に用意される代物を元とする姿であり、楽器としての形状以外にも人工物とは明確な違いがある。
全体へ規則的に穴を開けられた、手首から奥の無い両手が備わっている事もまた、その違いに含まれた。
「――来るぞぉ!!」
鍵盤の押下に付随してパイプオルガンが動き出す。手始めとばかりに巨大な手が振るわれた。
同時に生じた風圧に一同が急ぎ防御姿勢を取るが、巨大怪生物の攻撃はまだ終わっていない。
目を開けた瞬間、隊員の1人は回転しながら飛んでくるドラム型怪生物と目が合う。
そして、その怪生物は急速に巨大化し――――。
大質量が直ちに衝突。この光景に気を取られた隊員の数人も同じく巨大化した怪生物に追突される。
何が起こっているのか。一部始終を見ていた隊員が突き止めた。
「くっ、あの手が怪生物を出しているのか!」
「手の動きに気を付けろ! 奴は攻撃と同時に増援を生み出すみたいだ!」
大きく振るわれた勢いで手の穴の中から零れ落ちる物体の数々。これら全てが圧縮された怪生物だった。
穴から出てきた怪生物は3秒足らずで巨大化――もとい、元のサイズへと戻る。この一連の流れが、防御姿勢を解いたばかりの隊員達を不意打ちした状況の絡繰りであった。
ジンは呼ぶ声のような音で気付き、巨大化する前の怪生物の数々を骨で殴り破壊する。
咄嗟の判断で周囲の安全を確保出来たが、結果的に助けとなった音の正体は分からないまま。
結華は隊員の声に反応し、怪生物が元のサイズに戻った瞬間に魔法弾を撃ち込み撃破する。
削った敵の戦力が大幅に回復しているのを見て、彼女の額から汗が滴り落ちる。
どさくさ紛れに出現し、先と同じくドームへ突撃するトランペット型への対処も現状間に合ってはいる。
だが、最初の攻撃で隊員の何人かが脱落したのは事実であり。優勢が押し返され始めている。
「こ、この野郎!」
戦況を覆しかねない新たな戦力の出現に業を煮やした隊員の1人が銃を構え、巨大怪生物への攻撃を仕掛ける。
「馬鹿、早まるな!」という制止を求める声は聞こえず。銃弾の数々は確かにパイプオルガン型へと迫っていった。
しかし、案の定と言うべきか。これを穴だらけの巨大な手が阻む。
これで手が動いた事により。穴からまたしても圧縮怪生物の数々が転げ落ちた。
「あっ…」
間抜けた声で立ち尽くす隊員に、サイズの変化した怪生物群が迫り来る。
同時に、割って入った大柄の隊員が両腕に備えた大鉄塊を振り回し、次々と打ち破った。
「落ち着けボーイ! …奴さん、厄介な性質を備えているようだな」
焦っていた隊員を宥めつつ、大柄の隊員は改めて巨大怪生物を観察する。
穴だらけの手が動けば、これに付随して穴の中の圧縮物が次々出てくる。
圧縮物は1つ1つの粒全てが怪生物であり、外に出てくると元のサイズとなり増援に早変わりする。
また、巨大怪生物は防御行動にも手を使う為、無闇に攻撃すれば手痛い反撃として怪生物の増援が迫り来る。
警備隊に生じた余裕をへし折るに十分な、新たな戦力。
しかし、手をこまねいていられないのもまた事実であり。大柄の隊員は自分達の上司にあたる、副隊長と隊長の姿を見やるのだった。




