第39話 フェルク・レスタム② 夜・『集結』
ロギィは流線を描くように短剣を左右へ振るう。同時に短剣の刃に敷き詰められていた鱗が前へ飛び散った。
散った鱗はある程度進んだところで空中を漂い、奇妙な空間を形成する。
直後に、彼女は空いている右手で人差し指だけを立てて、指先を目の前の空間に向ける。
「――散りなさい」
指先に集中する赤紫の光。凝縮した魔力であるそれが鱗に向かって放たれる。
魔力が1つの鱗と衝突した瞬間、受けた鱗が魔力の流れを拡散させる。
拡散した魔力のそれぞれが更に他の鱗へと衝突し、拡散を続けたレーザー状の魔力はやがて『べモン・ベルス』の大群へと飛んでいく。
交戦していた警備隊の面々だけを器用に避け、楽器型の怪生物達を次々と焼き切る細長い魔力光線。
今しがたロギィが試みた攻撃は、劇的な効果を齎した。
ある程度レーザーを維持したところで、魔力の放出を止める。
左手で掲げる短剣へと、散らばった鱗が刃へ戻っていく間にロギィはユドゥの状況を問う。
「ユドゥ、準備は済んだの?」
「もう少しだネェ。組み立ての簡単な物で良かったかモォ。…時間かかる分強力だけどネェ」
海藻のような髪を伸ばし、それらを手のように扱いて白い泥で作り上げるはハゼに似た物体。
既に8割程仕上がっているが、ユドゥは寧ろ構築を速めた。
彼女の返事を聞き、ロギィの視線は再び前へ戻る。
遠方に見える、前線で戦う警備隊に多少なりと余裕が生じたようで、押され気味だった状況が好転しつつある。
近距離での戦闘を彼らに任せつつ、ロギィは再び鱗を展開する。
盾で怪生物の攻撃を受ける隊員へ追撃を仕掛ける、別の怪生物をレーザーの1本が焼き切り援護する。
ロギィが確実に『べモン・ベルス』の数を減らしていく傍らで、ようやくユドゥの組み上げるハゼ型物体が完成するのだった。
この様子を展望台の中で見るジン達。
真上から照射される赤紫のレーザーが警備隊への追撃を抑え、不規則ながら落ちてくるハンマーがトランペット型を各個撃破していく。
状況は優勢になりつつある。だが、ジンも警官2人も安心出来ないで居た。
まだ、発生源である罅割れが何処にあるのかを探れていないからだ。
「…そうですか」
再び通信機を手に取り7番隊と連絡を取っていたジョシュが装置越しの声に受け答える。
その声に喜びの色は無く。予断を許さない状況である事に変化は無いようだった。
「――向こうさんの状況は?」
「合流して早々周域の探索を行ったようですが……余計な魔力反応が多くまだかかるとの事です」
「んじゃ、今は少しでもあの軍勢削るのに注力するしか無いか」
ジョシュの「そうなりますね」の返答と共に、ゼンタロウ達警官2人は展望台を後にすべく動き出す。
エレベーターへ向かう彼らを、ジン達は直ぐ様追いかけた。
到着を待っている間に、ジョシュは彼らに背を向けたまま問いかける。
「遊びに行く訳では無い。――というのは承知していますね?」
暗に今ならば引き返せるぞ、という警告。
これを聞くよりも先に、ジン達の意思は固まっていた。
「あァ、勿論!」
「おまつり、まもる」
「そうですか、では行きましょう」
ジョシュの言葉には複雑な感情が含まれる。それでも、エレベーターのボタンを押し続けジン達が乗り込むのを待った。
◇◆◇
警官2人に案内されて訪れたのは、3階エリアに存在するドームに隣接する外階段。
非常口を開けた途端強い風に吹かれ、くぐもっていた音量が上がり、音圧も一気に強まる。
魔法戦の最中、ドームから露出しているスピーカーの数々が最大音量で鳴っているからだ。
耳を塞ぎたくなる状況だが、スピーカーの音量を下げる訳にもいかない。
故に、各人による対策が要求された。
「一先ず、これを。指定チャンネル以外の骨伝導も和らげる特殊イヤホンです」
「…えっと、どうも」
スピーカーから流れる音が強すぎて、ジン達には何も聞き取れなかったが。
取り敢えず役立つ物を支給されているという場面だと言うのは理解し、受け取ったイヤホンをそれぞれ付ける。
その瞬間、スピーカーの音が聞こえにくくなり。
直後のジョシュの「聞こえていますか?」という声だけははっきりと聞こえた。
「凄いイヤホンですね、これ…」
「ええ、『コグスネ楽器』と『ペザムル・エレクトロニクス』の共同開発品、この試作だそうで」
「お兄ちゃんたちの声だけ聞こえる。ふしぎ」
話題がイヤホンに傾きつつあるところで、ゼンタロウが話に混ざる。
「まあ、それはともかく。これから僕ら8番隊も迎撃に向かいますよ」
「既に他の隊員にも連絡を付けてあります。後2分足らずでこちらに来るでしょう」
「それで、ジン君とユイカちゃん。君達にも加勢をお願いしたい。此処まで来たからにはやってもらうよ。護衛は付けるけどね」
ジン達の頷きを確認した瞬間、彼らを外へ引っ張り込む。
彼らが縞鋼板の上に立ってから、ゼンタロウは「よく見ておいて」と声を掛ける。
彼は階段の踊り場を駆けると、この勢いで階段を飛び降りた。
ジンと結華は下を覗き見る。すると、浮遊するボードに乗っているゼンタロウの姿が。
僅かな丸みと厚みを持つそれが上昇する。ゼンタロウが振り向いたのはこの後だった。
「では改めて。魔導警備隊8番隊隊長、削星 ゼンタロウだよ。今後ともよろしく」
「同じく、魔導警備隊8番隊副隊長、ジョシュア・インダランサと申します。ジョシュと呼んでください」
警官2人の挨拶の直後、ゼンタロウと同じボードに乗る他の武装警官達が階段付近へと集結する。
予備であるボード2台がジンと結華に貸し与えられたのはすぐ後の事だった。
ハゼ型物体はユドゥの投擲と同時に行動を開始する。
忙しなく動いた目が『べモン・ベルス』の大群を捉え、空を泳いで接近するのだった。
楽器型怪生物の数々へと迫った後、細長い物体がハゼ型物体を突き破って出現する。
それらは、海藻のような触手だった。触手は怪生物を絡め取り身動きを取れなくする。
絡め取った怪生物同士をぶつけ合わせ、衝撃で潰れた2体を赤紫のレーザーが撃ち抜くのだった。
この一部始終を遠方で見届けたロギィが、製作者のユドゥへと問う。
「あれってどれくらい凄いのよ?」
「見ての通り海藻触手出して攻撃するのもあるけドォ、他にも面白いギミックあるんだよネェ」
「何なの? 勿体ぶらず教えなさいよ! ――って、あら?」
「んん?」
ロギィが気付き、ユドゥの視線もある一点を向く。
ボードに乗り込んだ集団が魔法戦の前線へ速やかに合流する。その中に、見覚えのある2人の姿が見えた事で彼女達は驚いた。
「あれっテェ…」
「ジンとユイカ!? どうなってるのよ!?」
自ら危険へ向かっていく少年少女に困惑している内に、ボードの集団が怪生物群へと衝突する。
するが、一瞬にして結果は提示された。
それぞれが所持する銃器、工具に似た特殊武装が楽器の肉体を破壊し、次々と花火を放たせる。
その中に電流を帯びた爆発と、回転しながら打ち上がる花火が混ざっていた。
結華のDJシステムと、ジンの骨を模した物体による物だった。
困惑はこれを見て納得に切り替わる。彼らは彼らの言う通り、戦える側の人間だったのだ。
「なるほどネェ」
「やるじゃないの、少し見直したわ」
「ユイカちゃん、不思議な格好してる…でもかわいい」
今夜は長い。だが、この面々ならば必ず乗り越えられる。
更なる加勢に誰もが確信を抱いた。




