第37話 フェルク・レスタム② 夜・『暗躍』は静かに
「何枚配れたんだ、ビラ」
「わたしの分はあるだけぜんぶ…」
「そりゃ良かった。こっちは30枚残っちまったが」
再び移動を開始したカーゴボートに揺られつつ、ジンと結華はそれぞれバッグに入れていたクリアファイルを見比べる。
結華が持っている分は空になり、ジンの分はまだ少々の厚みが中に残っていた。
空のクリアファイルを見つめつつ、彼女の口は僅かに緩む。
「いっぱい、おうえんしてもらえた。とってもほっこり」
「オマエが一歩踏み出したからだぜ。上手く行けば良いな」
「うん…」
隣合わせで座りながら会話を弾ませていると、そこにジョシュが近付く。
「失礼ながら、そのビラ。見せてもらっても?」
「あァ、構いませんが」
ジンはクリアファイルから1枚取り出し、蓮音の捜索願を警官たる彼に渡す。
数秒程確認した後、彼は結華へと幾つか質問を投げた。
「こちらに描かれているのがお姉さん、と。血の繋がりは?」
「ない」
「おいくつですか?」
「聞いたことない…」
「では身長は?」
「お兄ちゃんよりちょっと大きいくらい?」
「最後に。…彼女も魔法を?」
「うん。わたしよりすごい事が出来る。あと、おはだが青くなる」
「なるほど。ありがとうございます」
頭を下げ質問を終えるジョシュ。結華とジンにとっては事実の再確認に過ぎず、落ち着いた様子を示した。
今しがた聞いた事をメモに取りつつ、ジョシュは蓮音の特徴について感想を述べる。
「個性的な方、ですね。こうも見つからないのは不思議なくらいに」
「だなぁ。魔法を使う時に青い肌になるとか初耳だわ」
聞き耳を立てていたゼンタロウも相方へ同調する。
これについてはかなり特殊な事情があるのだが……ジンが言うべきか否か悩んでいる間に、結華は今まで見つからなかった理由を告げる。
「お姉ちゃん、こことはべつの世界にいたの」
「「……」」
異世界人である『オヒメサマ』達からの証言があり、協力を取り付けた以上信ずるに値する。
少年少女がこう思う一方で、大人2人は唐突に打ち明けられた内容に、戸惑いを示した。
「えっと、別世界……?」
「少なくとも私達は存じ上げませんが…」
「――なんですって?」
同じ公務員でも、警察側であるジョシュとゼンタロウは『魔深界』について知らない。
何が起こっているのか。ジンは彼らの返答に対し困惑を露わにした。
この間にも、カーゴボートは次の目的地に向かって進んでいく。
気まずい沈黙になったが、これをジョシュが破る。
「……まあ、それはともかく。次の目的地は3階の展望台です。あの場所はガラス張りですので、パニックが起こる前に向かいたいところですが…」
「持ち堪えてくれてる警備隊員次第だね。…僕らもそろそろ合流しないと」
カーゴボートの速度は一定を保っているが、先程より遅いように一同が感じた。
一方で、後頭部に少し静電気の弾けたような感覚を受けたヨウヘイがシートに付けていた上体を僅かに起こす。
この様子を偶然見ていたロギィが不思議に思う。
「? どうしたのよ?」
「…あぁ、いえ、何も……」
誰かに呼ばれた気がしたような、とライブの喧騒による衝撃を受けつつも。
スーツのパンツポケットに入れていたスマートフォンが振動するのを確認する。
スリープを解除し見た画面の内容を見て、ロギィに耳打ちした。
「…お楽しみの所すみません、どうやら『べモン・ベルス』が前倒しで現れたようで……」
「加勢してくれって? 今何時?」
「今は20時5分ですね。ですが、1時間前には既に……」
「そう、分かったわ」
ロギィはヨウヘイが離れると同時に立ち上がる。そんな彼女を、飴玉を口の中で転がすユドゥと、やけに赤いホットスナックの詰め合わせを少しずつ食べているタルチが目で追う。
次に何をするかをある程度予想していたらしく、ロギィが振り向く事にも動じなかった。
「タルチ、一旦外出ましょ。そこで『ゲート』使って」
「分かった」
「ユドゥも一緒に来て。私達の援護をご所望のようだから」
「良いヨォ」
席を立ち上がり、ライブ会場を後にするユドゥとタルチを見送りつつ、ロギィは次にヨウヘイへ視線を向けた。
「それで、例の手配。出来てるんでしょうね?」
「…勿論です。今回の『フェルク・レスタム』ディレクターズカット版。映像媒体を後日お渡し致します」
「うん、良いわ。ディスク媒体でね。カードは止めて」
「承知しました」
約束の確認だけ行い、ロギィもまた2人の後を追う。
彼女が階段を降りライブ会場の扉に手を掛けた瞬間を、マスコミ3人組は偶然目撃する。
これに目もくれないまま外に出る。その数歩先でタルチとユドゥが『ゲート』の向こうで待っていた。
夜風を受けつつ、ユドゥは手招きする。
「ロギィ。早く早クゥ」
「今行くわ」
ロギィが潜り抜けた瞬間、『ゲート』は閉じて彼女達はドームの頂上へと一瞬で移動する。
その直後、扉を開け放ったマスコミ3人組がまたしても彼女達を見失ったというのは、知る由も無かった。
ドーム外、今しがた激しい攻防戦が繰り広げられるドーム上空。
1時間が経過した戦場では、鳴り響くライブの歌唱と音源をBGMに設置されていた空中機雷や警備隊の魔法の数々が、『べモン・ベルス』の軍勢を次々花火へと変えていく。
それでも、怪生物の勢いはまだまだ強い。既に1.3km程押されており、軍勢の先頭がドーム近辺へと到達していた。
「くそ、分かってたがキリ無いな…!!」
「スピーカーの効果は近距離である程強まる筈だ! 皆、もう少し下がれ!」
敢えて前線を少し押し下げる事で、『べモン・ベルス』の苦手とする音楽の効果を強める。
ドームまで2kmの地点で既に僅かながら効果は出ており、最前線の怪生物達の動きが若干鈍くなっている。
数の減りに実感が湧かないものの、接近してくる個体群への対処がやりやすくなっている事は徐々に希望となっていた。
「もうすぐ8番隊も合流する筈だ! 皆持ち堪えてくれ!」
「くうぅ……!!」
仲間が怒号を飛ばす一方で、ドラム型の怪生物の突進の勢いを盾で受け止めた隊員の1人が押されつつある。
怪生物の2メートル程の巨体は間近で見るには威圧的で。釘付けの大きな瞳もあって気圧される。
胴体に押し付けられる両腕への力が緩みかけた、その瞬間だった。
蒼の軌道が真っ直ぐに、巨体の斜め上から貫通する。直後、怪生物の肉体は結晶化し、粉々に砕け散った。
「なっ…?」
援護攻撃――ではあるのだが、警備隊によるものでは無い。
今しがた助けられた隊員が呆けている内に、次々と蒼の軌道は撃ち出される。
これら全てが怪生物を撃ち抜いて、結晶化させ、破砕する。
「誰だ、誰がやってるんだ!」
「ビルの屋上から狙撃…!? こんなに高度な術式、見た事が無い!」
距離や性質からして、遠距離からの魔法攻撃による援護と見て間違いは無い。
だが、こんな事が出来る存在に魔導警備隊の面々は全く心当たりが無かった。
何故、我々を助けてくれるのか。この理由すら分からないままだが、心強い援護である事に変わりは無い。
今はただ、助力に感謝を態度で示す他無かった。
夜闇を照らす、輝いて見える程の照明が今尚点灯している高層ビル。
ミュジ市中央部ランドマークの一角を担うこの建造物の屋上にて、夜風に吹かれつつも三角座りを若干崩した体勢で自身を固定する人影が1つ。
しかし、人影と呼ぶには奇妙な姿をしている。青い肌の上にフード付きの黒いジャケットを羽織る、黒紫のボンテージ姿の少女。
露出度が高いが故に、意識していなくても胸や極端に短いスカート越しの尻の主張が強い。
そんな彼女が真剣な紫の眼差しで覗くのは、ジャケットが一部変化し構成された大きなスコープ。
照準の先には1km先の『べモン・ベルス』群の姿が、近くに居ると見紛う程高精細に映り込んでいた。
これを補足する度に彼女は引き金を引き、姿勢と同じく固定している長銃を発砲する。
結晶を荒く削ったようなライフリング弾がその度に発射される。現在進行形で魔導警備隊の面々を援護している蒼の軌道の正体だった。
そう、彼女こそがドーム防衛を協力している謎の勢力である。この最中で不意に少女の青い口が開く。
しかし、声の性質は低い男のものだった。
『次、10度右。多少ブレても構わネェ、トにかく撃つ事を意識しロ。修正は都度俺様がやっておク』
「はい、お願いします」
彼女自身の呟きに、今度は少女の声が短く答える。
一見すれば、奇妙な状況であるものの、この訳は彼女自身の体質にあった。
嘗て、人類を憎み。そして、とある書物の中に封印された人間の魔王。
この魂が長い年月を掛けて怪物へ変貌し。やがて封印は解かれた。
封印を解いたのは、1人の少女。この少女を依り代とすべく変質した魂は入り込んだ。
しかし、思わぬ事態が発生する。魔王の魂が少女の体を支配下に置くのでは無く、少女の魂と共存する形になったのである。
それから魔法少女でなく魔導少女を自称し、結晶生成を中心とする造形魔法を扱いこなす等、紆余曲折を経て。少女は3つの世界を訪れた。
1つは別世界同士に挟まり込みそれらの世界を憎み嫌う異質なる世界。そこで、記憶喪失故に右も左も分からなかった少女を拾い上げた。
1つは海底に似た神秘に満ちた青き豊かな世界。そこで、怪生物に困らされる民衆に手を貸した。
そして、もう1つは――――。
「まさか、この『地上界』でも『べモン・ベルス』被害があるなんて……」
『ツくづク、戦う事と縁があるナァ。マァ、望んだ道ダ。ソうだろウ、蓮音?』
表の世界に位置する『地上界』に不慮の事故から流れ着いても、やるべき事は把握出来ている。
『魔深界』でももう1つの別世界でもやってきた事。戦って脅威を排除する事に変わりは無い。
結晶で構築された長銃を扱う彼女の名は七桜 蓮音。
またの名を、魔導少女ネルベノゥルレネーと呼んだ。




