第36話 フェルク・レスタム② 夜・『もう1つの顔』の使い道
2日目夜の部、通算34組目となるアーティスト集団『ニルフェンツァ』は入場しながら、ペンライトを振り回す黄色い声に笑顔で手を振り応える。
2、30代の女性を中心に根強い人気を誇る、美青年9人で構成されたグループだ。
類稀なる歌唱能力とダンスパフォーマンスに、魔法による幻想的なステージエフェクトを加えるエリート集団。
イベント当日に備えた最上クラスのステージ衣装を身に纏う彼らは、照明効果もあってよりきらびやかに移る。
1曲目の始まる前のMC中。
他のメンバーが場の熱気を保たせている間に、童顔で背の低い橙髪のメンバーがきょろきょろとする。
魔法適性の1番高いメンバーの挙動故に、近くに立っていた青髪のメンバーが後ろ歩きで、橙髪の彼へ密着する。
手に持つマイクを切っておき、観客には耳打ちが聞こえない状況を作る。
「おい、どうしたんだよ?」
他メンバーのMCは長く続かない。悪目立ちしかねない挙動への注意も兼ねて橙髪のメンバーへ青髪は不安げに問う。
滅多に見せない様子であるが故に。
「…何か嫌な気がした。一瞬だったけど」
「マジか。ライブに支障ねぇよな?」
「うん、問題無いよ。……問題無い、はず」
この辺りで会話を終えると自分達の番が回ってくる。
直ぐ様表情を変え笑顔で応対する様は、プロと遜色無い。
橙髪のメンバーの予感は的中しており、事態は水面下で進行していた。
電子掲示板に映る生中継に目もくれず、休憩エリアを駆け抜ける一同。
ゼンタロウの出した特殊輸送装置であるカーゴボートと呼ばれる機体の上で、目標地点に到達するのを待ちつつ窓の外を見る。
そこに、遠方より花火らしきカラフルな光の数々が広がっては消え、広がっては消えを繰り返していた。
「あれは…」
「『べモン・ベルス』の爆発ですね。一般市民への配慮としてあのようになる改良を、魔法に施しています」
ジンの疑問を含む呟きに、ジョシュが直ぐ様答えを告げる。
出来る限り近くで見たいという欲求を引き出しそうな懸念があるも、ジンは言及しようとしなかった。
「一応、一定以上の距離は保てるようにもしてあるけどね」
ゼンタロウの補足により、心配無用であると判断出来るのもあって。
ドーム2階の外壁沿い、エリア間の連絡通路を進みつつ結華も次々と撃ち放たれる花火を眺める。
「いっぱいきらきら。きれい」
「ああやって遠くから見てると、イベントの一環に見えるでしょ? こういう意図をしてあるんですがね」
微笑むゼンタロウの表情が、真剣なものへと切り替わった。
「これを保つ為には、皆さんの協力が必要不可欠です。――是非とも、抜かり無きよう」
「ああ…」
「うん」
事前にジン達少年少女へ伝えられた避難誘導作戦。この作戦の要となるのは――――
『始めてよ、DJマレオル』
マイク型杖を手に取り、変身の呪文を唱える結華…つまり、マレオルトフィだった。
小型船舶の上で一連の流れを済ませた少女はDJ服姿になり、肌の紫を一層濃くさせる。
突然のスモーク噴射に他の一同、特にジンが驚くもスモークはあくまで演出な為か特に影響は無かった。
吹き付けられるでも無い現象に、困惑する義兄の姿を見て、結華は首を傾げた。
「おどろかせた?」
「あァ、色々とな…」
「…言いたい事は山程ありますが、今は不問とします」
「えっと、ごめんなさい…?」
結華の変身完了後、「少し待っていて下さい」とゼンタロウとジョシュの2人はボートの奥にある貨物倉の中へ入っていく。
今回のイベントでは、彼らにもう1つの顔がある為に。
『えー、『フェルク・レスタム』をお楽しみの皆さん! 只今アーティスト応援キャンペーンを開催しております! 20時までにライブ会場エリアへご入場していただけますと、好きな参加アーティストの関連グッズを会場内で無料配布いたします!』
警備は警備でも、イベント警備員の姿になったジョシュがボートの上で拡声器越しにキャンペーンの告知を行う。
ゲリラ故に警備員も緊急で動員されたというカバーストーリーを備え、同乗するジンと結華はボランティアという設定で。
ぎこちない笑顔を浮かべて手を振るジンに対し、結華は平然と両手を振っていた。
ジョシュは空いている左手で、相方であるゼンタロウからとある小物を受け取る。
そして、慣れた所作でその小物を掲げた。今回の『フェルク・レスタム』のイメージマークを描いた缶バッジを。
『こちらの缶バッジがキャンペーン参加の証となります。会場内に居ますスタッフに声を掛けてこの缶バッジをお見せ下さい。そうすれば関連グッズと交換できます。では、順にお配りしますので、4列になってお並び下さい!』
ジョシュの背後でゼンタロウが4箱分の段ボールをボートへと運び出し、この内2箱をジンと結華の近くに寄せて開封する。
中にはジョシュの先程提示したものと同じ缶バッジが詰め込まれていた。
ジョシュとゼンタロウが手渡しする分も開いたところで、避難誘導の為のキャンペーンは開始した。
一番先頭から個包装された缶バッジを受け取っては横へ捌けていき、その次に並んでいた人々も缶バッジを受け取っては横に出ていく。
突発的な出来事ながら客側の対応力も高く、当初は不安だったジンもその不安を払拭した。
特に紫色で且つ、幼くも紅一点でもある結華の列が人気で、列から離れた途端口元を緩ませる人物が続出する。
客の内男性陣が結華の方へ、女性陣がジョシュやゼンタロウの方へと偏る傾向にあるとジンは配りながら分析する。
一方でジンの列は……女性6割、男性4割といった様子であった。
奇抜な髪色ではあるものの、子どもの奉仕活動でもある。温かい目で見る人々が多くジンも誠実に対応するのだった。
このような円滑な進行の最中、奇妙な列並びとビークルが気になり近付いた女子達が驚きながら声を上げる。
「ウソッ!? 噂になってるDJ少女じゃん?!」
「『アノイーズ・マレ』の子!? 実在してたんだ!」
島で暮らす女子であるらしく、4列の右端を担当する結華にこれまでと全く異なる反応を示す。
列が長蛇になってきた為に暇を持て余していた人々が、『アノイーズ・マレ』が何なのかを検索し、騒ぎはより大きくなる。
「へ~、『アノイーズ・マレ』って新しいブランドなんだな」
「『サン・トゥ・ラトール』の。あそこ賑わってきてるよねぇ」
「バケモン退治してるって? そりゃすげぇなぁ」
『アノイーズ・マレ』を調べる事から連鎖し、謎のDJ少女としての結華が深堀りされていく。
やがて、結華の元に並ぶ他の列からも彼女へ奇異の視線が集まっていった。
フォローすべきか悩む左端担当のジンだが、彼女の表情に動揺の色は無い。
寧ろ、彼女自身はこれを好機と見ていた。
「…マレオルトフィ、です。バケモノたいじ、してます。『アノイーズ・マレ』? はしらないですけど……。お姉ちゃん、ななお れんねをさがしています。もし見つけたられんらく下さい。よろしくおねがいします」
ビラを掲げつつ恭しく頭を下げるDJ少女に、騒ぎの色は一転し彼女を支持する色に変わる。
好機を掴めた義妹に助力すべく、ジンもまた缶バッジと合わせて人探しのビラを人々に配るのだった。
そうして、バッジ配りは20時前に終了する。若干花火の距離は近付いたものの、『べモン・ベルス』の接近に気付かれる事は無かった。




