第35話 フェルク・レスタム② 夜・『備える』
「窓は覆えないんですか?」
「シャッターがありますが強盗などの犯罪行為を想定していますので、警報が鳴ります」
「防音でじょうぶ、のはずだけど……」
「航行ミサイルの直撃や上級魔法にも5回まで堪えうる設計ですが、怪生物がそれ以上の威力を持っていないとも限りません」
ジンと結華の質問に淡々と答える白金の髪の警官。彼はメモを取りながらで目線を合わせないが、至って真摯な振る舞いであった。
ジン達と同じく休憩エリアで食事を摂っていた人々は既にライブ会場へ戻っている。
警察が来る事態にただならぬ雰囲気を感じたのかはさておき。
防御機能への過信は禁物、と言わんばかりの白金の髪の警官の態度が気になり、ジンは確認を兼ねて問いかけた。
「バレルドームの設備ってかなり丈夫な筈なんですけど、これを突破される恐れがあるんです、か?」
無論、初めからドームの耐久性や防御機能を信頼していない訳では無いだろう。
ジンの問いを聞き、メモを取る手が止まる。それから視線を彼に向けて白金の髪の警官は答えた。
「可能性としては。…そうですね、この際ですから貴方がたにだけは教えましょうか」
こう言うと、メモ帳をテーブルの上に置き、タブレット端末をこの横へ配置する。
白金の髪の警官が画面の上へ手を翳すと手のひらの情報を読み取りロックは解除された。
直ぐ様、慣れた手順で1つのアプリを起動する。このアプリに『べモン・ベルス』に関しての調査報告が事細かに記載されていた。
「私達も海岸線での情報を有していますのでね。簡潔に言いますと奴ら…『べモン・ベルス』は新たに発生した個体であればあるほど強く、頑丈になります。学習しているとも言えましょうか」
「海岸線……ちなみに発生頻度は?」
「ほぼ毎日。海から現れたのを各個撃破していますので、1週間前に出現した個体とは比較にならない強さでしょう。それらが、このドームへ、向かおうとしている」
ジンは冷や汗を垂らす。以前遭遇したブリキ人形やブロックの集合体を1人で撃破出来たのは、奇跡であった。
ある程度強くなった状態で勝てたのだから、無視できない程の大金星である。
『べモン・ベルス』は倒される度に学習し、強くなっていく。加速度的ではまだ無いにしろ、そうなる事も想像に難くない。
そんな状況下で、単独撃破という戦果を挙げたなら。
助力だけを求めているのでは無い、と少年少女にも理解出来るようになる。
「そこで、貴方がたにお聞きしたい。単刀直入に言います、奴らには何が効きますか?」
◇◆◇
白金の髪の警官――ジョシュア・インダランサは申し訳無さを感じつつも、これをおくびにも出さない。
中学生程の少年ジンと、幼い少女結華。彼らに仰ぐような内容では無いが。
しかし、彼らの戦果を無視など出来なかった。
片や、謎のDJ少女の正体と思しき、若干紫がかった肌の少女。
他の観光客には気付かれていない様子だが、ニュース記事に載った写真と顔の特徴が一致している。だからこそ、一目見ただけで気付いた。
片や、白と黒の左右で分かれたツートンカラーの少年。
救護要請を受けた現場にて、居たとされる怪生物3体を単独で撃破した屍守の血筋。
決して、隠したくて隠した訳では無いのだろう。ジョシュは彼らの経歴を思い返しつつこう判断する。
だが、怪生物が出現し、その頻度も上がっているという事実を言いふらし不安を煽るのは得策では無い。
起こり得る混乱の規模を考えれば、尚の事。
目の前の少年少女も良識故に、敢えて隠したのだろう。
だからこそ、問う。君達のように怪生物の存在を隠し通しながら戦うにはどうすれば良いか。
数秒の沈黙の後、少年少女の口は同時に開いた。
「奴らには――」
「『べモン・ベルス』には――」
『魔法が効く』
同時に喋ったが故に最後の一言が被る。被ってから、ジンと結華は直ちに顔を見合わせた。
「確かにそうなんだろうな。奴らが来てるってのに『フェルク・レスタム』を続行する理由と考えれば一理ある……」
「音楽にもまほうがつかわれてる。合わさる事をいやがるのかも」
少年少女は納得のいった素振りで話を進めるも、発言を聞いたジョシュは腑に落ちない様子を示す。
その為、話を遮るようにジョシュは再び問いかけた。
「魔法が効くのは分かります。では、その威力は如何程?」
魔法の威力は? 規模は? どのように当てるのか?
ざっくりとした疑問点を直ぐ様挙げるならば、これぐらいは浮かび上がる。
どの程度の威力であるかの質問の時点で、ジンは申し訳無さそうに、しかして振り返る様子で答えた。
「それなんですけどね、あの時必死だったからどれぐらいかなんて覚えてないんですよ……」
がむしゃらで勝てるなら苦労はしないし組織の意味が無い。
ジョシュは言いかけた言葉を飲み込みつつ、眉間に皺が寄るのを半端に留めて次は結華に質問した。
「では。音楽が効くというのは…」
「DJでたおした。いっぱい、たまをポンポン、って」
「……」
彼らの答えを聞いたジョシュは肩を落とす。
直後、相方を務める白メッシュのある濃灰髪の警官――削星 ゼンタロウは宥めるように肩を軽く叩いた。
「まぁ、分かりきった事だと思うぞ。魔法の運用はどうしても個人差が生じる。ジンくんも結華ちゃんも、持ってる側だ」
「……私は、参考になる答えが欲しかったのですけどもね…」
どうやって倒したか、はそもそも聞かないつもりでいた。それをそっくりそのまま再現するなど出来はしないだろうから。
だが、この上で上澄みの側にある少年少女達の返答に、参考になる要素はあまり見当たらなかった。
徒労で終わりかけているその時、結華が更に発言する。
「そういえば。音楽を聞かされる事をいやがってたような」
「……詳しく、お聞きしても?」
「お店の外で鳴ってた音楽を聞いただけで、動きがにぶってた。わたしの曲でも同じ事が起きた」
「なるほど…」
魔法の介在しない行動や設備による行動制限。これは参考になる。
更に、直ぐ様実行に移す事が出来る故に、ジョシュは気を取り直し通信機に手を伸ばした。
「ドーム外壁のスピーカー、準備はどうなっています?」
『既に何時でも出せる状態ですが…』
「では、もう出しちゃって下さい。どの道奴らに聞かせなければ、ですので」
『わ、分かりました』
通信機越しの会話を済ませ、彼はアプリを開いたままにしていたタブレット端末を持ち上げ操作する。
電源を切った頃合いで、「これでお開きにしましょう。最後に何か質問は?」とジン達へ伝える。
結華は特に質問の無い様子だが、ジンは質問をする。
「民間協力者って、他に居ないんですか?」
「要請は既にしてあります。今頃南側の避難誘導を手伝っている筈ですが……」
ジョシュの返答の直後、ゼンタロウの腰ポケットが振動する。
そこからスマートフォンを取り出すと、「おっ」と驚いた顔をした。
「南方面、避難完了だってさ」
「手が早い。では、我々も向かいましょうか。食事も済んだようですし」
ゼンタロウとジョシュが先行し、出たゴミを片付けたジン達がこの後に続いた。
これから忙しくなる。誰もが、そう予感しながら。




