第32話 フェルク・レスタム② 夕・『長い夜』が来る
別れた一方の、『オヒメサマ』達。彼女達は『フェルク・レスタム』そのものを楽しみに訪れていたが、本当の目的は別にある。
夜の部が始まると共に、ライブステージへ足を運ぶ彼女達の中で、一番先頭を歩くロギィはこれ見よがしの上機嫌を見せた。
スカートを大きく揺らしながら、鼻歌交じりのスキップ。理由の分かるユドゥがニヤけ面で彼女へと声を掛ける。
「ねぇネェ。待ち遠しいからって調子上げ過ぎじゃナイ?」
「ふふーん、イベントの一番最後を飾るとなるなら、期待が高まるに決まっているじゃない! なんてったって『ラ・ダ・リーシェ』は凄いんだから!」
彼女達の目的。それは、今回初めて大トリを飾る『ラ・ダ・リーシェ』にあった。
イベントを見に来た大多数が大本命と言うように、『オヒメサマ』達にとってもそうだと、他でもないロギィの様子が示している。
「確かに、毎年凄い事になってるよね。今年はどうなるんだろう……」
「そりゃあもう伝説、作っちゃうわよ! 今夜が忘れられないくらいに!」
「ロギィの言う通りだネェ。今朝とは比べ物にならないくらい、大きな流れが出来てきてるヨォ。これで『ラ・ダ・リーシェ』のライブが始まっちゃったラァ、何が起こるんだろうネェ?」
「…よく、分かりますね……」
ヨウヘイの目には微かにしか見えていないオーロラのような魔力の流れ。ライブステージの外に漏れ出ている物に『オヒメサマ』達は気付いていた。ヨウヘイは周りを見渡してみるが、『オヒメサマ』達以外にそれに気づいている様子は見られない。
これこそが『フェルク・レスタム』の本当の目的に関わる重要な物であり、『ラ・ダ・リーシェ』を最後に据えた理由にも大きく関わっていた。
「当然だヨォ。こんな面白い物見て見ぬフリなんて出来ないシィ」
「これって今までライブしてきた人達が残した物、なんですよね。とっても温かくて、心地良い感じがします」
「良い思い出になった、って事かしらね。ワタシ達もうれしくなるわ」
期待に胸を弾ませ、『オヒメサマ』達はライブステージに次々入っていく。
そのすぐ後にヨウヘイが続いたが、『オヒメサマ』達に向けられた不躾な視線を感じると、表情を切り替える彼の目が妖しく光った。
先日は失態を晒したが、彼が同行する理由の大多数はこれにあった。
「おい、見たか今の……」
ライブステージは入っていった異種族の姿を凝視していたのは、尖ったサングラスを掛け南国風のシャツを着る怪しげな男。
記憶に新しい姿を思い返し、彼の背後に回った小太りの男や小柄の男に声を掛ける。
彼らの持つカメラやマイクといった機材が、彼らの職業を示していた。
「見たも何も、子どものコスプレイヤーじゃないですか……」
「目立つ色の肌ではありますけど…」
「馬鹿ッ! お前らは見るトコ狭すぎなんだよッ! 腕やら髪やら気になっただろ!」
「えぇ? 別に怪しいトコ無かったですけど……」
「フツーに見えましたし……」
「ハァー……。目ン玉付いてんのかよお前ら……」
3人組のリーダー格を務めるサングラスの男には魔力適性があり、ある程度は認識阻害の影響を受けない体質である。だが、そもそも魔法が使えず、魔力関連の身体検査を受けた事が無い彼は知る由も無かった。
サングラスの男にだけは、はっきりと見えていたのだ。認識阻害のその先、『深魔族』の特徴の数々を。
上司の命令で『楽園』とされるミュジ・シャニティへ来る事となったが、その交換条件として『フェルク・レスタム』のスクープを撮ってこい、という命令を下された3人。
1日目はそもそも招待客では無い為バレルドームへ立ち入れず。電子掲示板越しでは現場の熱量は伝わりにくく、同業がリアルタイムで届ける映像をただ映しただけではスクープとは程遠い。
快諾したは良いものの、無理難題である事を赴いてから嫌と言う程思い知らされた3人組だが、サングラスの男だけは一発逆転の芽が見えた事に口角を上げた。
「人間以外の種族が『フェルク・レスタム』に来ているとなりゃァ話が変わる。映像証拠さえ撮っちまえばこっちのモンだぜ……!」
熱意を帯びる一方で、カメラ担当とマイク担当は男の様子に引いていた。
「うわ、子ども追い回す気だこの人……」
「付き合わなきゃだけど、大人気ねえなぁ……」
「うるせぇ! そもそもこうでもしなきゃ俺ら島国の弱小メディアはやってけねぇだろ! いいから行くぞ!!」
サングラスの男が乱暴な足取りでライブステージ内に上がり込んでいく。機材を持ち上げつつ彼らも嫌々ながら続いた。
中は『夕蘭亭』の1曲目の最中であり、既に飽きる程聞いている曲にはサングラスの男は見向きもしない。
見失えば同じ扉から入場した意味が無い。どの方向へ進んでいったか予測を立てつつサングラスの男は観客席に通じる階段を突き進む。
「さてさてぇ、どこかなぁ?」
ライブステージは照明演出の影響で、観客席の側は暗い。
だが、特徴的な肌の色なら見つけ難い筈は無い、というのが男の推測だ。
行き止まりまで進んだが、先程見た少女3名の姿は何処にも見当たらない。一応カメラ担当の小太りとマイク担当の小柄も付き合うが、彼らも見失っていた。
そんな筈はない、と思うも。それでも何処にも見当たらなかった。
「な、なに? どういうこった?」
彼女達は何処へ行ったのか? 通った道を引き返しつつ左右を見渡しても、答えは一向に出て来なかった。
「ふぅ、これで撒けたかな…」
角ばった柱の影に隠れながら、『オヒメサマ』達を追って入ってきた男達の様子を伺うヨウヘイ。
彼の扱える隠密魔法を駆使し、彼らの視界に『オヒメサマ』達が映らないようにしているのだ。サングラスの男に耐性があり、効き目を強くする必要が生じた為に彼の負担が大きくなったが。
完全に見失った様子で道を引き返すが、諦めた様子の無い彼らを見て、「一先ずは安心」とヨウヘイは判断する。それから、視線を『オヒメサマ』達に映した。
彼女達は1日目から引き続きドームに入場した招待客の為、最上段の観客席、つまり優待席に座る権利がある。彼女達がそこに到着すれば、男達を見張らなくて良くなる。
まだ油断は出来ない状況故に見張りを続けるが、急に彼のズボンのポケットから微振動が1回起こる。
マナーモードにしておいたスマートフォンによるもので、彼は急ぎ取り出し画面を見る。そこには、市長室からのとある通知が表示されていた。
「…とうとう来たか……」
今朝に警察署に記者会見を開かせた理由。『べモン・ベルス』大群の襲来が観測されたのだ。
長い夜が始まる。ヨウヘイは冷や汗を浮かべつつそれを確信した。




