第30話 フェルク・レスタム② 昼・『掴む』事、離さない事
『リキッド・フォレスト』の扱うジャンルは主に、所謂ハードロックと呼ばれるものとなる。
荒々しくも、凄まじい技巧で成立している中年男性5人の演奏パフォーマンス。赤く染まったセレスティアル・ホールの音響効果と合わさって、聴覚を大きく揺さぶる。
声援と相まって、けたたましい音の嵐には、ジンは思わず耳を塞ぎたくなった。
「音響設備と相性が良すぎるってのも考えものだな……」
「はでなパフォーマンスはこうなりがちかも」
大きな音にあまり慣れないジンに対して、結華は平然とした様子で振舞っていた。
「オマエ、よく平気でいられるな…」
「あるていど音のつよさをおさえてある。おにいちゃんもこれつかって」
そういって渡されたのは、ワイヤレスイヤホンのような物。考えられる用途から直ぐ様耳に装着する。すると、彼女の言う通り音の響きがある程度緩和され、生演奏を聞きやすくなった。
「おお、大分良くなった。よく持ってたなユイカ」
「入るまえのところにおいてたから。いるかな、って思って」
「そういやあったっけな…完全に油断してたぜ……」
近くの観客を見てみれば、ほぼ全員同じイヤホンを装着しているのが確認出来た。
音が命のイベント故に、どんなジャンルでも最適化された音響効果となる。
だが、最適化はあくまで演奏パフォーマンスの側の最善であり、観客各々の体質の問題は加味しない。
故に、観客側での対策もほぼ必須のものとなる。ライブステージ前に置かれていたイヤホンの数々もまたその対策の1つであった。
イヤホンによる音の調整で、ジンもまた『リキッド・フォレスト』のパフォーマンスを楽しめるようになるのだった。
一旦ライブステージを抜け、外の休憩スポットで食事を取る。
ステージ内への飲食物の持ち込みは可能だが、決まった席を取っていない事もあり、ステージの外で昼食にしても問題は無いとの判断からだ。
ジンと結華はショッピングエリアで購入した食べ物と飲料をテーブルの上に並べる。
いずれも魔法と現代技術で、最適な状態で保存されており。購入してから2時間程経てど味わいを堪能できた。
ドームの形状に沿った、2階の休憩エリアにも電子掲示板が備え付けられており、規則的に並ぶそれらにライブステージの中継映像が映っている。『リキッド・フォレスト』の出番は終わり、今はその次のアーティストによる生演奏の様子がリアルタイムで表示されていた。
「レンネさん探し、してみるか?」
「ひるのぶ、おわってからがいいかも。おきゃくさん出てくるだろうし」
「だな。今は『フェルク・レスタム』を楽しむとするか」
休憩エリアもまた、賑わいを見せている。口々に好きなアーティストの感想を呟いたり、今のライブの様子にリアクションを取ったりと。
ライブステージ程の熱気では無いが、それでも盛り上がっている事には変わりない。
それを尻目に、ジンは考える。まだ見つけられてはいないが、この会場の何処かに蓮音が居る場合の可能性を。
蓮音と再会出来た後の結華はどうなる? 確実では無いとは言え、その時が近づきつつあると見た方が良い。
その疑問を、本人に尋ねる事とした。
「なァ、ユイカ。レンネさんに会えたらオマエはどうするんだ?」
「お姉ちゃんにおかえり、って言う」
「その先だ。決めなきゃ、なんだぞ? この島に残るのか、レンネさんに付いて行くのか」
「……」
食べ進めていた手が止まる。両方を選ぶ選択肢は元から無かった。
いつかは突き付けられる現実故に、傷の浅くならない内から決めさせておいた方が良いだろう。彼の良心からの問いへ、結華は少しの沈黙の後答えた。
「…お姉ちゃんについてく。そうしたい、と思うから」
「そうか」
「ついていって、どこかに行ったとしても。いつかはこの島にもどってきてお兄ちゃんたちに会いに行く。……これでいい?」
「ああ。オマエが良いと思えるんなら、な」
離れ離れになったとして、それで関係が全て無くなる訳では無い。結華なりの結論にジンは納得を示した。
蓮音も結華も元々は別の世界に居た以上、『地上界』を行き来出来る手段はその内見つかるだろう……そう思った矢先、ジンは『オヒメサマ』達から聞いた話と照らし合わせて、とある可能性を頭に浮かべた。
「そういえば。レンネさんもオマエも別の世界に居たんだよな。そこが『魔深界』だった可能性はあるのか?」
突拍子も無い質問だが、妥当性はある。希望を見出したが結華が首を傾げる様がそれを霧散させる。
再び間を置いて、結華は思い出しながら答えた。
「……そんなことはなかった、気がする。海のようなところ、じゃなかったはず」
「いい線いってると思ったんだがなァ……」
「それに」
「んァ?」
「ロギィたちといた時に、きいておくべき……」
「……」
結華の真っ当な指摘を受けて、今度はジンが沈黙する。
仕切り直しとばかりに咳払いをしたのはその数秒後の事だった。
「気の利かねェ奴ですまなかったな……」
「わたしもわすれてたし、あやまらなくていい…」
良くも悪くも『オヒメサマ』達のインパクトに呑まれたが故に、出来なかった事。
好機とは、思いも寄らない形で来るのだと彼らは痛感せざるを得なかった。
昼食を終え、ライブステージへ戻ろうとした時。とある親子連れが目に留まる。
「うわぁぁ~~~ん、うわぁ~~ん」
「あんまり泣かないで。ほら、新しいの買ってあげるから。ねっ?」
大泣きする幼児を慰める、細身の母親。気苦労が耐えないのか彼女の体は痩せ気味であった。
何故泣いているのか、を外野側ながら推測していると、天井の支柱に引っかかった青い風船が目に映った。
「風船飛んじまって泣いてんのか?」
「わたし、取ってこれるけど……」
確かにマレオルトフィの能力を用いれば、引っかかっている風船を取るのは簡単だろう。だが、往来する他の客が騒がないとも限らない。
しかして、放っておく気にもなれない。ならば、手っ取り早く解決させるのが最善だった。
「いや、ここはオレに任せな」
そうして、ジンは一応の確認として親子連れに近づき、話しかける。
姿勢を低くし子どもの目線と合わせる配慮をしながら。
「あの、どうされました?」
「ああ、お騒がせしてごめんなさい。あの風船が飛んでいってしまって……」
「やっぱりそうだったんですね。だったらオレが取りますよ」
「えっ?」という母親の短い返答を待たずして、ジンは少し歩き、それから構えを取る。
後ろに引いた右手に、生成した小さな骨を握らせる。そして、息を整えその骨を風船目掛けて投げ飛ばした。
「そらッ!」
小さな骨が回転しながら上昇し飛んでいく。狙いは風船…のその下にある紐。
狙い通り、紐を絡め取ると小さな骨はブーメランのような軌道を描いて風船を取ってきた。
紐は骨へ粗雑に絡まってしまったが、骨を消せば問題は無い。紐をしっかり握り、再び親子連れの元へ歩み寄った。
一瞬の出来事に驚いたのか、ジンが戻ってきた頃には幼児は泣き止んでいた。視線を合わせ、それから取ってきた青い風船を差し出す。
「次は離すなよ。この風船も、お母さんの手も、しっかり掴んでるんだ。良いな?」
「……うん。ありがとう」
失った者からまだ在る者への悲壮を含んだ助言。
白と黒、特異な雰囲気を宿した少年の言わんとした事が理解出来たか、幼児は至って真剣な様子で頷いた。
それから立ち上がると、ジンはそれ以上何も言わずに立ち去ろうとした。母親は引き留めようと手を伸ばした。
「あの、お礼がまだ…」
「でしたら、その子をしっかり見てやって下さい。それが何よりの礼になりますんで……」
「わ、分かりました」
母親にも助言を授け遠ざかる彼の背に、郷愁が宿っているのを理解してか、親子連れはそそくさとこの場を後にする。
結華と合流してからジンは周囲を見渡す。一瞬の出来事だった為に、他の客の注意は引かなかったらしい。
それから、見上げる結華と目が合った。
「お兄ちゃん、ちょっとかなしそう」
「そうか? まァ、その、昔の事。思い出してな…」
祭りの場にそぐわないと理解しつつも、簡単に断ち切れるような事では無い。首の後ろを擦り、複雑な感情を露わにするジンの手を、結華は掴んで引っ張った。
「うおッ、どうした?」
「今は楽しむ、って言ったよね?」
「…あァ、そうだな。行こうか!」
少年少女は、再び祭りの主な舞台へと入っていく。




