瞬殺
白い閃光が、上空に陣を取る。
天上に無数の光弾が生成される。それが一斉に、ノアめがけて降り注ぐ。
"ジャッジ・レイン"――審判の雨。
一つ一つにとてつもない魔力が込められており、逃げ場を断つ面制圧型の魔術だ。
その光景に、観客席が沸く。
「キルシェ様の本気だ……!」
「もう終わりだ、一年なんて一瞬だろ!」
俺を見る貴族たちの目は、もう結末を確信していた。
生意気な一年生はこれで終わりだと。
「へえ、結構面白い魔術使うじゃん」
「ほざけ!! 避けられるか!?」
なるほどな。
テトラルクス選抜に選ばれるだけはある。
この密度、この速度。確かになかなかの魔術師だ。
――だが。
ノアは、歩いた。
光弾の隙間を縫うように、一歩、また一歩。
白い閃光が左右の地面を抉る。背後で轟音が連なる。
こいつ自身の性格と同じ。分かりやす過ぎる。
これだけ素直な軌道、普通に避けられる。
「な……っ!?」
キルシェの目が見開かれる。
「こいつ、全弾の軌道を見切ってやがるのか!?」
キルシェの額に、冷や汗がにじんでいるのが見える。
さっきまで余裕だった顔は、一歩近づくごとに愕然とした表情に変わっていく。
「あの一年……避けてる……? 嘘だろ……?」
「いや、キルシェ様は遊んでいるんだ!」
「おぉ……なるほど、趣味が悪い!」
「さすがキルシェ様!」
うおおお! と歓声が上がる。
だが、その周りの歓声とは裏腹に、キルシェの顔はどんどん焦燥感に染まっていく。
「ありえん……ありえんありえんありえん!! こんなことが……!! あってはならない!!」
キルシェが戦術を切り替えた。
面制圧をやめ、右手に魔力を極限まで凝縮する。白い光が腕全体を覆い、演習場の空気がびりびりと震える。
本気の本気だ。持てる魔力の全てを一点に注ぎ込んだ、一撃必殺の構え。
「舐めるなよ……! 一年風情がぁあああ!!」
キルシェが右腕を突き出す。白い光が、ノアに向かって炸裂する。
「きた!! キルシェ様の最高魔術が!!」
「やってしまえ、キルシェ! 多少怪我しても構わないさ!!」
「見せてくれ、貴族の力を!! 俺たちの誇りを!!」
一気に盛り上がり、会場のボルテージは最高潮に達する。
「これで終わりだああああ!!」
――瞬間。
一瞬で間合いを詰め、キルシェの右腕を掴む。
いつ動いたのか、誰もその目で追えていなかった。
脚に走った雷は、地面に焼け焦げたような黒い跡を残す。
「…………は?」
キルシェの目が、大きく見開かれる。
その目は、恐怖に染まっていた。
「思ったより大したことないな、二年も」
「何……なんなんだ貴様は……ッ!!!」
「ルルシアの仇、取らしてもらうぜ――《《先輩》》」
「待ッ――」
瞬間、左手から放ったスパークは、キルシェの身体を駆け巡る。
「ぐうああああああああ!!!!」
キルシェはがくがくと震えながら、膝から地面に崩れ落ちる。
制服が焼け焦げ、既に気を失っていた。
演習場が、沈黙した。
誰も、今の状況を理解できず声を上げない。
さっきまで罵声を浴びせていた貴族たちが、石のように固まっている。
テトラルクス選抜の二年生が、一年生に――一瞬で封じられた。
その事実を飲み込むのに、全員が時間を必要としていた。
「ノア様……!!」
ルルシアが涙声で叫び、駆け寄ってくる。
「すみません、私のために……!」
「気にすんな」
客席のアーサーも、口を半開きにして唖然としている。
ニーナは両手で口元を覆う。
「相変わらずとんでもねえな……あいつ……!」
「ノア君……凄い……!」
しかし、クラリスだけはふっと笑みを浮かべる。
「バカね。ノアに敵う訳ないでしょうが」
クラリスだけが、静かに目を細めていた。
◇ ◇ ◇
静まり返った演習場の最上段。人目につかない、影に沈んだ席。
全てを見届けていた、ブロンドヘアの圧倒的な美少女が、静かに立ち上がる。
リリベル・アナーシア。
彼女は、冷めきった目で地面に倒れるキルシェを見つめる。
「…………邪魔ね」
リリベルはそう吐き捨てる。
(……評判を落とす程度では、足りないわ)
キルシェが一瞬で潰された。
それなりに使えると目をかけていた男が、あっさりと崩された。
(キルシェはただの二年じゃない。……それを、あそこまで一方的に……。ただの一年生じゃない。間違いなく、本物の化け物)
リリベルの瞳が冷たく細まる。
(力で潰すのは無理。少なくとも、正面からでは。であれば……)
リリベルは音もなく席を離れ、誰にも気づかれることなく演習場を後にした。
その頭の中では、もう次の糸が紡がれ始めていた。
(取り込む。それも無理ならば、その時は……)




