ルルシアの覚悟
演習場には、すでに人だかりができていた。
噂というのは早い。食堂での一件はあっという間に学院に広まり、昼過ぎには野次馬がぞろぞろと演習場へ向かっていた。
円形の演習場の中央に、ルルシアは一人立っている。
その対面には、キルシェ。
演習場の周囲を取り囲むのは、ほとんどが貴族たちだ。
「…………」
(なんでこんなことに……)
ルルシアの指先が微かに震える。
そもそも、ルルシアはテイマー。だが、肝心のフィンは治療室で眠っている。今はいない。
つまり、一人で戦うしかない。
「さあ、始めようか」
キルシェは余裕の笑みを浮かべたまま、魔力を纏い始める。
「ま、待ってよ、なんで私が……! 私はやってない!」
「言い訳とは……残念だよ。せめて覚悟と信念があってのことならまだ理解できたが……。君たち平民は最近問題を起こしすぎた。いい加減、大人しくしてくれないか」
そうだそうだ!! と、貴族の観客たちが声を上げる。上級生も交え、それなりの数の貴族がその怒りをぶつける。
(だめだ……私の言葉が通じない……! どうすれば……わたしが……私が弱いから悪いの……?)
「この僕が、このふざけた騒ぎに直接終止符を打ってあげよう」
真っ白な魔力が揺らめく。それだけで、周囲の空気が変わる。本気だ。これが一年でテトラルクス選抜に選ばれた男の魔力。
(……勝てるわけがない)
絶望感が心を支配する。
こいつが、私を無事に返すわけがない。
あの時と同じ……。フィンと物陰に隠れて、反撃もせずただ奴らが過ぎ去っていくのをじっと待っていた……あの頃時と同じ。
(私は何も成長していない……あの頃のまま……)
――いや、違う……!
「おや……?」
ルルシアは、構える。
(私は、ノア様から指導を受けた身……! あの頃とは違う!! ノア様が仇を打ってくれたんだ……私の村の!! だから、私は本当の自分に戻れた……!)
「恩人のノア様の顔に……泥濡れるわけないでしょうが……! 私はもう、逃げない。正々堂々、ここで戦ってやるわよ!!」
迷いが晴れる。
その顔は、覚悟を決めた顔だった。
もう、怯えて隠れていた頃の自分はいない。
たとえ、ここで再起不能にされようとも、
「よく言った! それでこそ、俺の教え子だぜ」
「!!」
この――声は――!
あぁ……あなたは、いつでもそうやって……私を……!
客席の中央、入り口付近に、銀髪を煌めかせたたずむ人影があった。
それは、何度も見てきた、憧れの姿で。
私は思わず、彼の名を叫ぶ。
「ノア様……!!」
◇ ◇ ◇
周囲には、恐らく貴族派の生徒たちが集っている。
一人の少女をこの人数で囲むとは、趣味が悪いな。
ルルシアが、中央で俺の名前を叫ぶ。
俺を妄信ばかりして、あまり意思がないんじゃないかと思っていたが……少し見直したぜ。
「おいノア……やばいところに来ちゃったんじゃねえか……!?」
「帰ってもいいぜ?」
「! はん、帰るわけねえだろ。お前が何かするっていうんなら、俺が見届けてやらねえとよ」
「よく言うぜ」
すると、後ろのニーナとクラリスが追いつく。
「気味の悪い光景ね。徒党を組んで、強くなったつもりかしら」
「……どうして……。貴族も平民も、違いなんてないのに……!」
ニーナの悲痛な叫び。
公爵家だからこそ、感じるものがあるんだろう。
ニーナこそ、俺みたいな平民上がりとずっと関わってくれるような、平和の象徴だもんな。
俺はさっと演習場に降りると、ルルシアの前に立つ。
正面には金髪の、うっすらと笑みを浮かべた男――キルシェ。
「おや君は……あの事故の現場にいたかな」
「一年のノア・アクライトっす」
すると、キルシェはわずかに目を見開く。
そして、俺を上から下まで値踏みするように見る。
「なるほど、君だったか。……あの新人戦の。君が平民たちの言う”ノア様”というわけか」
「そういう呼ばれ方をしてるのかは知らないっすけどね」
「君については聞いているよ。僕たちの中でも話題さ」
僕たち……。貴族派であることを隠す気もないな。
なるほど、こいつらの本丸は俺か。
「そりゃありがたいっすね。人気者ってわけだ」
「はは、そうだね。新人戦程度で覇権を取った気でいる、面白い平民がいるとみんなで語り合っていたところさ」
「いい趣味してますね、あんたら」
ふふ、とキルシェは不敵に笑う。
「で、何しに来たのかな。君の大好きなルルシアが制裁を加えられるのを見に来たのかな。いい趣味しているじゃないか」
「そんな分けねえだろ。なあ、この決闘……代理人を立てさせてもらっていいか」
「!」
その言葉に、周囲から一斉に罵声が広がる。
「舐めてんのか一年生!」
「お前ごときがキルシェ様と戦える分けねえだろうが!」
「雑魚はすっこんでろ!」
おー、すごい元気だな。
すると、キルシェはまるで指揮者のように手を上げ、ぐっと拳を握る。
すると、その罵声は一瞬にして消える。
「――いいだろう。手間が省けるというものさ。君を直接潰せば、変な幻想を抱く平民たちを一瞬で黙らせられそうだ。彼らの崇める英雄が、無様に地べたに這いつくばる姿を見れば……どんな信仰も一瞬で覚めるだろう」
「そんなことだろうと思ってたぜ。受けるのはいいが、後悔するなよ?」
「それは僕のセリフだよ、ノア。君みたいな、勘違いをする平民を多く見てきた。だが、どいつもこいつも口先ばかり……」
そういって、キルシェは歩きながら続ける。
「貴族家は、長い時間をかけ研鑽し、積み上げてきた人々だ。ポッと出の君たち平民とは、その歴史が違う。そこに、畏敬の念を抱き、自ら手足となり働くという殊勝な感情が芽生えないのかい?」
「知らねえな、俺には関係ねえ。いいか、どこだってなんだって、最初の一歩を踏み出した人間はいるんだぜ。お前たちからすれば、自分の既得権益を脅かす周回遅れのプレイヤーかもしれねえけどよ」
「ふん、だったら、力を示せば良い。そのための舞台だ!」
そういって、キルシェは構える。
「殺してしまえ、キルシェ! つけあがった平民に罰を与えろ!」
「生意気なガキだ、力の差を見せつけてやれ!」
盛り上がる会場。
こいつを倒すには、ちょうどよい。
「さあ、新人! お前に本当の魔術を教えてやろう。自分が今までどれだけ恵まれた環境にいたのか、思い知らせてやる! 震え、泣き出してももう遅い。せいぜい自分の無力さを呪うがいい!」
「しゃべってないでさっさと来いよ、キルシェ。俺がお前の力を試してやる。チャレンジャーはそっちだぜ?」
その言葉に、キルシェの口角がわずかに上がる。
「……そこまで来ると、頭の出来を疑うな。ではいいだろう! 3秒も持たせん! 一撃で終わらせてやる! 身の程をしれ!!」
キルシェの翳した手が、真っ白に輝く。
「――”ジャッジ・レイン”!!」




