ルルシア②
フェンの仇! ととびかかりたい気持ちを抑え、私は横を通り過ぎるキルシェを、ジロッと睨みつけるだけに留める。
向こうはこちらの視線に気が付くと、その場でくるっと向きを変え、私の方を向く。
「おやおやおや」
わざとらしい声を上げる。
「これは、ルルシア君。先日は申し訳なかったね。何度もあの子のお見舞いに行こうと思ったのだが……どうもタイミングが合わなくてね。赦してくれ」
(はん、何がタイミングが合わないよ! 来る気ないくせに!)
しかし、キルシェの周りを取り囲む生徒たちは貴族なのに、しかも年下に謝れるなんて素敵! と羨望のまなざしを向けている。
ここで反抗すればこいつの思うつぼ。
今はとにかく、さっさとこの場を終わらせる。
「……事故ですから、気にしないでください。来れるときで大丈夫ですよ」
「おぉ、なんと優しい。平民にも、そういった殊勝な人がいるんだね、自分の認識を改める必要があるようだ」
「まあ、そうですね」
「ふふ、少し心のつかえが取れたよ。……それでは、僕は食事があるので」
そういって、彼はくるっとこちらに背を向ける。
「また日を改めて」
「……えぇ」
(……ふぅ。まったく。ばーかばーかばーか! 箪笥の角に足の小指でもぶつけろ!)
精一杯の呪詛をその背中に投げつける。
今も病室で眠っているフェンが不憫でならない。復活したら、一噛みするくらい赦してもらわないと。
優雅で余裕のある貴族を演じてるんだから、それくらい赦してくれるよね?
何が平民にも、よ! 偏見塗れの貴族のくせに! 心にもないことを。
キルシェの周りには、さらに数人の取り巻きが駆け寄ってくる。
「キルシェ様、ごきげんよう!」
「今日もいい天気ですね!」
「キルシェ様、手紙がまた来ていました」
取り巻きの意一人が、キルシェに手紙を差し出す。
「おや、ありがとう」
「モテモテですね!」
「そうとは限らないけどね。さて――」
ふん、こんなののどこがいいのかしら。
ノア様に比べたら、ただの木偶人形のくせに。
……いや、気にしてたってしょうがない。こいつのことは忘れよう。
私は神経を食事の方に戻し、再開する。すると、直後に後方で悲鳴が上がる。
「きゃあああ!?」
「キルシェ様!?」
思わずその声の方を見る。
その騒ぎの中央に立つのは、貴族――キルシェ・ウェルムシアだった。
キルシェは手についた液体を拭い、そのまま魔術を行使する。
青紫色の魔力がほとばしる。
「その手紙から何が……!?」
「毒……だね。――やってくれるね」
「毒!?」
その言葉に、周囲は一気にざわつきだす。
「毒……ふふ、この僕を毒殺しようとは、怖い物知らずが紛れ込んでるみたいだね」
「誰がそんな……なんてこと!?」
毒殺だなんて物騒ね。
けど、残念。どうやらぴんぴんしているみたい。誰だか知らないけど、どうやら私以外にも恨みを買っているみたい。
影ながら、そのささやかな復讐者を応援したくなってしまう。
――しかし、その次に聞こえてきた言葉に、私は絶句する。
「紙に付着した銀色の毛……よく見おぼえがあるよ。こんな色の毛をした魔物に、僕はつい最近出会っていたね」
銀――。
私の全身の毛が逆立つ。突拍子もなかろうが、なんだろうが彼らにとっては別に良いのだ。
いまこの状況――貴族と平民がいがみ合っているいまだからこそ、その疑惑は簡単に熱を上げる。
「キルシェ様への手紙だと思っていたのに……申し訳ありません! 私が中身を確認しなかったばっかりに……!」
「いったい誰が……!」
キルシェがこちらを見る。
「答えはわかっているさ。僕を殺したいほど憎んでいる人物。そして、この手紙に紛れた独特な魔物の毛。鑑識魔術を使えば、これがどこの何物の毛なのかはすぐにわかる。――なあ、ルルシア」
「!!??」
はっ……はあ!?
身に覚えのない言いがかりに、私は思わず立ち上がる。
「そんなことしてないです!! 私は……!」
「言い訳はいいさ。君しか考えられないだろ? こんな証拠がある以上」
キルシェは手に持った毛を周囲に見えるように見せる。
「その毛……あの魔物の!」
「やっぱり……」
「確かに、朝方この子を寮の近くで見かけたわ……! まさかあの時……!」
随分と用意周到な周囲の声。朝なんて私はぐっすり眠っていた。
ただ、確かに昨日は寮の同室の子が予定があると部屋を開けていたし、私が居たことを証明するものがほぼない。
……完全に出来レースだ。
やってもいないこを、まさかこんな形で因縁つけられるなんて。
しかも、なんで私に!? そんなにあの時の私の態度が気に食わなかったの!?
「知らないわ! 冤罪よ!」
「少し黙れ。……お前は誰に喧嘩を売っているかわかっているのか?」
場が静まりかえる。
「私は歴史あるウェルムシア家、次期当主。我が家系がどれだけこの学院、そしてこの国にとって重要か理解しているのか? それを、お前は殺そうとしたんだ」
「…………」
だめだ、話を聞く気がない。
そうだ、これは最初から決め打ち……嵌められたんだ……。もしかして、フェンの事件から……?
「――だが寛容な私は、特別に君に挽回のチャンスをやろう」
きた、これが交換条件……。
すでに周囲はこの男の取り巻きで固められている。一体何を言われるのか……。
キルシェは顎を上げ、見下すようにこちらを見る。
「……私は強い人間が好きでね。それがたとえ平民だとしても。――決闘だ」
「!」
「君の力で潔白を示してみろ」
その宣言に貴族たちが盛り上がる。
「はあ!?」
わかっているのだ、勝負にならないと。これは公開処刑だ。
今までさんざん調子に乗ってきた平民を、公の場でぼこぼこに出来る。
すべての空気が覆る。そして、貴族には逆らえないという空気が出来上がるのだ。
「チャンスをもらえただけでもありがたく思うと言い。だが、最近の目に余る平民の行いの数々……鬱憤が溜まっている貴族も多い。君のみじめで無様な姿を見たい生徒も多いだろうね」
「…………」
なんで、こんなことに……。




