紛争地帯の謎?
西方大陸でいちばん大きな湖にのどかに浮かぶ建造物群。その最も広いひとつを眼前に、スゴロクは少し呼吸を整えた。
来訪を告げると、すぐに書斎に通された。
「やあスゴロクさん、久しぶり。本を探してるんだってね」
「古い古い本です、二百年ほど前の。一度、こちらで見かけただけなのですが……少々、引っかかることがありまして」
「ありゃ、今回も急な用事かぁ。あの時は随分駆け足だったようだから、ぼくも引き留めはしなかったけど」
「面目ない。代わりと言ってはなんですが、南方の『博士』を紹介させていただく用意があります」
「そんなに畏まらなくたっていいじゃない。たかだか人間暦で50年ちょっとの違いだろう」
紫紺の短髪を魔力の風に吹かせて、半猫族の魔導師がケトケト笑う。
小国が並び立つ西方騎士団領国群のひとつ、水上の魔法都市『ラーグ・エ・ディーア』を束ねる領主とは思えぬ愛らしさであった。
「はぁ……そう仰いましても」
「ごめんごめん、急ぐのだったね。『本の迷宮』には負けるけど、ぼくも色々揃えてる。表紙の色とか覚えてるかい?」
スゴロクが推量した条件に当てはまる本が次々に棚から出てきた。学術書や図鑑の類などが多々ある中で、「あった……!」
彼が選んだのは『戦役』以前の戦記物語だった。
「レナ殿、これをお借りできないでしょうか」
「構わないよ。ところでスゴロクさん、これは全くのカンなんだけど」
「は?」
「その四冊を読み込むより、ぼくに事情を話してくれたほうが早かったりするのかな」
まったくのカン、というのは正直ではないだろう。真剣なふりをしているが、猫の眼光が楽しそうに笑っている。
――この魔王スゴロクの内心を見透かすとは。どうにもやり辛いと彼は思った。アオイのオババと話をした時と同じ感覚。
おそれる理由など明確には存在しないが……動揺や憧憬を悟られぬよう腐心せねば、掌の上で踊らされる気がしていた。
『漆黒の賢者』レナ=クロゥツェイル。彼女もまた、『人魔戦役』を終結に導いた勇者たちの一人であった。
「実はかくかくしかじか」
「これこれうまうまか。流石に冴えてるね」
説明が二言三言で済んでしまうのも恐ろしい話である。が、ここは華麗に話を進めねばならない。何しろ少々急いでいる。
「しかし、あり得るのでしょうか」
「あり得ないとは言い切れないよ、自分の影が実体と意志を持って現れるような世界だからねぇ。『残酷な争いさえも認められるべき多様性』、そういう考えが人の世界にも魔族の世界にもあるわけで」
レナは手にした英雄物語に改めて目を通す。
遠い昔、小さくも豊かな島の覇権を巡って起きた争いと、それを終結させるまでの顛末を列挙し、立役者となった英雄を称える内容だ。
「この本に描かれている『異世界』が出現していたとしても、ぼくは驚かないよ」
「納得……した方がよさそうですね」
では、二人の勇者の役割とは? スゴロクは自然に湧き出る疑問を口に出す。
先に口を開いたのはやはりと言うべきか、レナの方である。「残酷さが認められるとするなら、そこからの救いがあったっていい。ぼくならそう考える」
「そう、ですな。『勇者』とは他者のために行動できる者です」
「うん――ま、ぼくは自分の為だけに動いたけど」
「あなた方の物語、是非お聞きしたいが……」
「そうさ。本音を言えばもっと御しゃべりをしたいし買い物もしたい。……まぁ、今度でいいさ。ぼくは我慢強い女だからね」
半猫族の例に洩れず少々寂しがり屋なのだろう、無邪気な言葉にも影が見え隠れしていた。
「我が社から天井知らずのおしゃべりを派遣いたします」
「ありがとう。よければスゴロクさんもまた遊びに来て欲しい、リーヴィエラ博士たちを連れて」
「承知」
「そのときは敬語抜きでお願いしたいものだね?」
からかいを前面に押し出した遊ぶような声に、
「……善処いたします」
魔王は背を向けたまま応えた。
2016/03/03 15:22 公開




