魔王の贅沢な悩み(1)
最高顧問(?)たる魔王の即断が社員にも浸透しつつあるのか、ダイス社の打ち合わせはわずか1日で終わった。
『機械・科学』研究部門の創設とそれに伴う人材の確保を早々に決定、一部の幹部は既に動き始めている。スゴロクが人間界の魔法学園とコネを持っていることも幸いし、申し分ない人材を雇用するメドもある。
シリルらの報告を聞く限りでは『ワンダーダイス』ブランドの売れ行きもなかなか好調で、人間界のライバル企業グループと切磋琢磨しているとの事。
すべてが順調であった。順調すぎて怖いほどだ。
果断即行を最上としながらも時折生じてくる心の迷いを異母妹にやんわり指摘された魔王は、少しばかり内観の時間を持つ事にした。
「贅沢な悩みだな」
夜の庭園をゆっくりと歩きながら、彼はため息と共にボヤく。苛烈なる『風』のイメージさえ、今日は感じない。
「いかがなさいました」
「ロデル、来たのか」
「は……シェリーさまが庭に出よと。お呼びだと聞いたのですが」
「あいつめ……」
きょとんとするロデルの顔を見たら毒づく気も失せてしまい、魔王は苦笑してその手を取った。
「少し散歩をしよう。気分を整えたいのだ」
「お供します」
二人のほかに誰も居ない中庭を歩き、美しい池のほとりの石に腰かける。
秋を迎えたばかりの魔界の空は降り続いた雨の湿気に潤み、第二の月が雲の隙間から遠慮がちに顔を出している。
「……何を恐れていらっしゃるのですか、我が王」
「この状況に胡坐を掻いてしまうことがおそろしい。さまざまな側面を持つ世界を、一方からしか見なくなりそうな己が恐ろしい」
魔王は声を落として言った。迷いのもとになっているこれからの旅程も打ち明けてみる。
南大陸に調査を許されるまでの少し長い時間を使い、あえて避けて来た人間界の紛争地帯を巡るつもりでいる、と。
「左様でございましたか……紛争地帯は、回られていなかったのですね」
「ああ」
世界には豊かなる国や畏き王ばかりあるのではない。爛熟の只中にある魔界とてそうなのだ、人間界もむべなるかな。
『王の力』を持ってはいても、圧政や飢餓や病を止めることは出来ない。
それら世界の『負』の部分も多様性の一部に過ぎず、必要悪なのだというのもわかる。下手な干渉はしないと宣言しながら――傍観者として赴くことが正しいのかどうか。
2016年 02月22日 15時30分 公開
2016年 02月22日 15時31分 誤字修正